色彩は嘘を暴く

翌日、後宮の広大な庭園にある「御花園」の東屋にて、異例のお茶会が催されることとなった。
主催者は、昨夜あれほど冷徹な顔を見せたはずの皇帝・冽だ。そして招待されたのは、後宮を統べる三人の高位の妃たち――宸妃(しんふぃ)、敬妃(けいひ)、麗嬪(れいびん)。
そこに、ただの一介の「貴人」に過ぎない私が、皇帝の真隣の席に座らされている。これ以上の異常事態はなかった。

「ふん……。まさか、白家の没落令嬢が初夜を生き延びるばかりか、こうして陛下の御隣を賜るとは夢にも思いませんでしたわ。後宮の規律も、随分と緩くなったものです」

最初に口を開いたのは、大貴族の娘であり、現在その後宮で最高権力を持つ宸妃・華藍だった。
彼女は牡丹が刺繍された贅沢な極彩色の漢服をまとい、扇で顔を半分隠しながら、私を文字通り虫ケラのように見下している。 だが、私の目には、彼女の言葉よりも雄弁なものが映っていた。
華藍の口元から立ち上っているのは、【ピンクが混ざった、どす黒い紫色の煙】。
それは彼女のプライドが引き起こす、猛烈な「嫉妬」の嘘だ。私への軽蔑を口にしながら、その内心は、自分が得られなかった皇帝の寵愛を、格下の私が奪ったことへの焦燥と怒りで狂いそうになっている。

「宸妃、そんなに怖い顔をしないで。雪はまだ入宮したばかりで、右も左も分からないのだ。私が目をかけてやるのは当然だろう?」

冽が私の肩を引き寄せ、愛おしげに髪を撫でながら、昨夜と同じ「極上の甘い微笑み」を浮かべた。
もちろん、彼の体からは**【真っ黒な嘘の煙】**が噴き出している。私を愛しているという態度も、妃たちを宥める言葉も、すべてが冷酷に計算された演技だ。私は心の中で鳥肌を立てながらも、頬を赤らめて俯き、気弱な貴人を完璧に演じてみせた。

「まあ、陛下がそのようにおっしゃるなら、私たち側室の姉がたが、妹を温かく迎えて差し上げねばなりませんね」

そう言って、穏やかな微笑みを浮かべたのは敬妃・静薫だった。
彼女は華藍とは対照的に、落ち着いた藍色の衣装をまとい、手元には古い書物を置いている。いかにも読書好きで慈悲深い、後宮の良心といった風情だ。

しかし、彼女が言葉を発した瞬間、私は目を細めた。
静薫の周囲から立ち上ったのは、**【ねっとりと濁った黄色の煙】**だった。
これは「強烈な自己保身」と「何かを隠している」ときの嘘の色だ。彼女は私を歓迎するような聖母の笑みを浮かべているが、その腹の底には、決して他人に見せられない暗い秘密が隠されている。

(敬妃……あなた、ただの大人しい読書家じゃないわね。何を隠しているの?)

「ふん、どいつもこいつも退屈な建前ばかり。私はお茶よりも、故郷の強い酒が恋しいよ」

退屈そうに長セルをくゆらせ、横柄に足を組んでいるのは、異国の部族出身である麗嬪・明玲だ。
彼女はどこか妖艶な雰囲気を纏い、この政治的なお茶会そのものを馬鹿にしているように見える。
彼女の口元から出るのは、【薄い青色の煙】。
これは「無関心を装うための、意図的な建前の嘘」だ。興味のないフリをしているが、その切れ長の瞳は、鋭い鷹のように私と冽の挙動をじっと観察している。彼女もまた、この場で誰が誰を騙そうとしているのかを探っているのだ。
三者三様、全員が嘘の煙を纏っている。だが、冽が探している国家転覆を狙うスパイ組織「狐」の幹部特有の、あの冷酷な「裏切りの黒」は、まだ誰の体からも出ていない。

「ところで、私の雪」

不意に、冽が私の手を取り、わざとらしく大きな声で言った。他の妃たちの視線が、一斉に鋭く尖るのが分かった。

「君の実家である白家だが……実は、没収した財産の中から、敵国と内通していたとされる『決定的な証拠の書状』が見つかってね。近々、全族を処刑に処すことになるかもしれない」

その瞬間、東屋の空気が凍りついた。
冽の言葉は真っ黒な嘘だ。実家の罪を餌にして、この場にいるスパイの反応を誘い出すための、最悪の誘導尋問。
私は事前に知っていたため、悲劇のヒロインのように目元を濡らし、「そんな……まさか……」と絶望してみせた。

その時、三人の妃たちの煙が、一斉に激しく揺れ動いた。
宸妃・華藍の紫の煙は、歓喜の色へと変わった。私の実家が滅びる=私が失脚することを、心から喜んでいる。スパイの動揺ではない。
麗嬪・明玲の青い煙は、一瞬だけ警戒の色に濃くなったが、すぐに消えた。彼女は単に、宮廷の権力闘争の推移を測っているだけだ。
だが――敬妃・静薫の、あの**【濁った黄色の煙】**だけが、まるで爆発するように激しく吹き荒れたのだ。彼女は持っていた茶器をわずかに震わせ、慌ててそれを机に置いた。

「まあ……それは、恐ろしいことですわね……。白家の方々が、そんな大逆を……」

静薫の言葉に伴う黄色の煙は、もはや彼女の全身を覆い隠さんばかりに濃くなっていた。それは、恐怖。実家の没落に対する恐怖ではなく、「白家から見つかった証拠」という言葉に対する、異常なまでの動揺だった。

(見つけた。敬妃、あなたね。あなたのその嘘の裏に、何があるの?)

私は視線で、隣の冽に合図を送った。冽もまた、私のわずかな目の動きから、ターゲットが誰であるかを正確に察知した。彼の瞳の奥に、獲物を追い詰めた猟犬のような冷徹な光が宿る。

お茶会が終わり、妃たちがそれぞれの宮へと戻っていく中、私は静かに思考を巡らせていた。
敬妃・静薫がスパイである可能性は極めて高い。しかし、まだ何かが引っかかる。彼女の煙は「保身の黄色」であって、暗殺者が放つべき「冷酷な黒」ではなかったのだ。

その夜、再び「乾清宮」の寝室にて、私と冽は対峙していた。
「――敬妃だな」

冽は昼間の甘い笑顔を消し去り、低い声で言った。

「ああまで露骨に動揺するとはな。やはりあの女が『狐』の手先か」
「いいえ、陛下。まだ断定はできません」

私は首を振った。

「彼女の煙は黄色――あれは『自分が破滅することを恐れる、必死の保身』の嘘です。もし彼女が、命を捨てて陛下を狙うような冷酷なスパイ幹部なら、もっと冷たい、感情の伴わない黒い嘘を吐くはずです。彼女は何かを隠していますが、真犯人はその影に隠れている気がします」

冽はふむ、と顎に手を当て、私の言葉を吟味するように見つめてきた。その瞬間、彼の口元から、ほんの僅かに**【薄い桃色の煙】**が漏れ出たのを、私は見逃さなかった。

「……私の見込み違いか? だが、お前のその眼力は信用に値するようだ。面白い妻を娶ったものだな」

(あ、いまの桃色の煙……。ほんの少しだけ、私を評価して『嬉しい』って思ったのかしら。口では冷たく言っているのに)

「何を見ている、雪」
「いえ、陛下の煙も、少しは色が変わるのだなと思いまして」
「くだらん。明日は二日目だ。敬妃の周辺を徹底的に揺さぶる。お前も覚悟しておけ」

そう言って背を向けた皇帝の背中は、やはり冷たかった。けれど、私たちは確実に、共通の秘密を持つ「戦友」としての距離を縮め始めていた。
だが、この時の私たちはまだ知らなかったのだ。敬妃の背後に、本当の「無色透明な恐怖」が潜んでいることを。