式神の従属婚 〜悪辣陰陽師は出来損ないの騰蛇を娶る〜

「――なんだ。まだ居たのか」

あれから数刻の間、座敷で巴は実弥達を待ち続けていた。
そしてようやく襖が開き実弥が現れ目が合った時、礼を述べようとしたが開口一番にそう言われた。

「てっきり逃げ出すと思ったが……その姿で陰陽領に戻っても良かったんだぞ」

嫌味たらしく口許を歪めて笑う実弥に、巴はただ恭しく三つ指を立て跪いた。

「滅相もございません……私の望みを叶えていただいた方を裏切るなど」

「義理堅いのは結構だが逃げるなら婚礼前の今しかないぞ。俺も荷物を抱える気はないからな、帰りたいならとっとと失せろ」

巴を荷物と挑発し、まるで陰陽領に未練があるのではと、わざと誘惑するように実弥は言った。

「私は既に実弥様に使役されている身です」

「あっちで同じように強奪でもすりゃ安倍家はお前を取り返せる。今のお前を見りゃ喉から手が出るほど欲しがるだろう」

陰陽領の人間を嘲るように実弥は言うと、踵を返して襖に指をかけた。
そして巴を一瞥すると言ったのだ。

「一刻後、真人がここに戻る。逃げるならそれまでだ」

試すような物言いで告げると音も立てず部屋を出て行ってしまう。
現れたと思えばけしかけて消えたのだ。

巴はその姿に困惑の色を向けながら奥歯を噛み締めた。

馬鹿にされている。
巴は約束を反故にする気などないのに、あの男は裏切るなら今だと唆すのだ。

実弥は呪いの解けた今の巴ならば受け入れられるだろうと暗に示唆しているが、あの場所で扱われてきた記憶が消えることはない。

嫌というほどに彼らの本性を知っているのだ。
やたらプライドが高く、無能なものを嘲る彼らの元に帰りたいなど思うはずがない。

そんな愚かで、薄情な式神ではないのだ。
なにより従属婚を受け入れた巴の覚悟を実弥は分かっていない。

――そちらが私を試す気なら、こちらにも考えがある。

所有していながら逃げても良いなどと誘惑する言葉に腹を立てた巴は、閉じた襖を暫くの間見つめていた。