日々耳にする嫌味や存在の否定は何年経っても慣れない。
だが心を守る術は身につけた。
風が仰ぎ、巴の赤茶の髪を靡かせる。
この髪色もミミズと呼ばれる所以の一つだろう。
主人である安倍の分家の男、翔期も巴の髪色を見た時に眉を顰めた。それでも式神契約を結び使役したいと望んだのはあちらだった。
契約以降、直接声をかけられることもなく放って置かれ、挙句に重労働を課す冷たい主人は巴の世界には居ても居ないような存在だ。
「いっそ人として生きていければいいのに……外で暮らしたい」
願い事はただ一つ。
しかし式神契約が邪魔をして陰陽領から出ることが叶わない。
鎖骨の鱗と、女にしては少し力持ちであること以外は人間と同じなのに、ここでは人と馴れ合うことすら出来ずもどかしく思う。
巴は遠くに見える桃の花を眺め、悲し気に眉を顰めた。
噂によると十日後、姉は安部時晴に嫁入りするらしい。
何年も前から話はあがっていたようだが、いよいよらしい。
青龍となるかもしれない優秀な姉を、時晴は心から愛している。だから使役に止まらず式神との婚姻を望んだのだと聞いた。
式神にとって主人からの寵愛は誉、これ以上の幸福はないだろうと言われている。
そして式神と婚姻を結んだ術者もまた恩恵を受ける。
愛し愛される関係は使役の絆を深め、より強大な霊力をもたらすのだ。
『ミミズには無縁の話だったねぇ』
何が面白いのか、そう語って聞かされたのを思い出した。
巴は自身の鎖骨に触れながら、指先に引っかかる鱗に爪を立てた。
――私は外に出たい……。
すると突如、願いに応えるように外に暗雲が立ち込めてきた。
単純な気象の変化ではない。
意思を持って渦巻く黒雲はみるみる間に陰陽領の上空に広がってゆく。
慌てて巴は自分の身体を弄るように触れた。
邪神になりかけていないか確かめるためだ。
手を広げたり頭や尻に触れ、身体の部位に変化が出ていないことに安堵したが、同時に不穏な気配が伝い身を震わせた。
「式神を守れ!」
――――カンカン、カンカン!
どこからか声がして鐘が響く。
突如として領内は騒がしくなり陰陽師らが外に出てきて走り出す。
向かう先はみな一様にして、結界を強化すべく魔よけの桃の花を目指していることが分かった。
「式神を一体も渡すな!!」
「蘆屋実弥め……まだこんな術を使いおったかっ……」
忌々しげに零す陰陽師らは気忙しく、そのうちの一人と巴は肩がぶつかった。
「なんだミミズか。お前も一応、十二神将の元へ行け!」
冷たく言い放たれ、その言葉の意味を理解しようと言葉を噛み砕いていれば男はさらに怒鳴った。
「言っただろ、さっさと失せろ!召喚されても私は知らんぞっ」
言い残し去ってゆく背は遠く、視線を上げれば黒雲には紋様が現れている。
召喚という言葉と模様の意味が繋がり、巴はそれを見て息を呑んだ。
紋様は悪名高い蘆屋家のもの。
安部家の結界を破り、式神を召喚しようとしているのだ。
巴は無意識に、空へ縋るように手を伸ばした。
――あれに応えれば、ここから出られるかもしれない。
この機運を逃してはならないと本能で感じ取っていたのだ。
一縷の希望を見出し、召喚の禍々しい紫焔に応えた。いや、正しくは願ったのだ。自分を連れて行って欲しいと。
だが心を守る術は身につけた。
風が仰ぎ、巴の赤茶の髪を靡かせる。
この髪色もミミズと呼ばれる所以の一つだろう。
主人である安倍の分家の男、翔期も巴の髪色を見た時に眉を顰めた。それでも式神契約を結び使役したいと望んだのはあちらだった。
契約以降、直接声をかけられることもなく放って置かれ、挙句に重労働を課す冷たい主人は巴の世界には居ても居ないような存在だ。
「いっそ人として生きていければいいのに……外で暮らしたい」
願い事はただ一つ。
しかし式神契約が邪魔をして陰陽領から出ることが叶わない。
鎖骨の鱗と、女にしては少し力持ちであること以外は人間と同じなのに、ここでは人と馴れ合うことすら出来ずもどかしく思う。
巴は遠くに見える桃の花を眺め、悲し気に眉を顰めた。
噂によると十日後、姉は安部時晴に嫁入りするらしい。
何年も前から話はあがっていたようだが、いよいよらしい。
青龍となるかもしれない優秀な姉を、時晴は心から愛している。だから使役に止まらず式神との婚姻を望んだのだと聞いた。
式神にとって主人からの寵愛は誉、これ以上の幸福はないだろうと言われている。
そして式神と婚姻を結んだ術者もまた恩恵を受ける。
愛し愛される関係は使役の絆を深め、より強大な霊力をもたらすのだ。
『ミミズには無縁の話だったねぇ』
何が面白いのか、そう語って聞かされたのを思い出した。
巴は自身の鎖骨に触れながら、指先に引っかかる鱗に爪を立てた。
――私は外に出たい……。
すると突如、願いに応えるように外に暗雲が立ち込めてきた。
単純な気象の変化ではない。
意思を持って渦巻く黒雲はみるみる間に陰陽領の上空に広がってゆく。
慌てて巴は自分の身体を弄るように触れた。
邪神になりかけていないか確かめるためだ。
手を広げたり頭や尻に触れ、身体の部位に変化が出ていないことに安堵したが、同時に不穏な気配が伝い身を震わせた。
「式神を守れ!」
――――カンカン、カンカン!
どこからか声がして鐘が響く。
突如として領内は騒がしくなり陰陽師らが外に出てきて走り出す。
向かう先はみな一様にして、結界を強化すべく魔よけの桃の花を目指していることが分かった。
「式神を一体も渡すな!!」
「蘆屋実弥め……まだこんな術を使いおったかっ……」
忌々しげに零す陰陽師らは気忙しく、そのうちの一人と巴は肩がぶつかった。
「なんだミミズか。お前も一応、十二神将の元へ行け!」
冷たく言い放たれ、その言葉の意味を理解しようと言葉を噛み砕いていれば男はさらに怒鳴った。
「言っただろ、さっさと失せろ!召喚されても私は知らんぞっ」
言い残し去ってゆく背は遠く、視線を上げれば黒雲には紋様が現れている。
召喚という言葉と模様の意味が繋がり、巴はそれを見て息を呑んだ。
紋様は悪名高い蘆屋家のもの。
安部家の結界を破り、式神を召喚しようとしているのだ。
巴は無意識に、空へ縋るように手を伸ばした。
――あれに応えれば、ここから出られるかもしれない。
この機運を逃してはならないと本能で感じ取っていたのだ。
一縷の希望を見出し、召喚の禍々しい紫焔に応えた。いや、正しくは願ったのだ。自分を連れて行って欲しいと。



