式神の従属婚 〜悪辣陰陽師は出来損ないの騰蛇を娶る〜

ここは()の国。
妖を封じ呪いを祓う、平安の世を守る陰陽道が尊ばれ、霊力が強大な術者を排出する安倍家が天皇の次ぎに権威を誇る時代。

陰陽師の頂きを欲しいままにする安倍家が使役する神の使いは十二天将(じゅうにてんしょう)と呼ばれ、巴は天将の一人である騰蛇(とうだ)一族の次女だった。

騰蛇は霧と雲を操り空を飛ぶ蛇、火を司る凶将と呼ばれる式神だ。

安倍一派が使役する式神の一族はみな、桃の花が咲き誇る結界に守られた陰陽領で生まれ育つ。

巴も同様に物心つく頃から陰陽領で育ち、当然のように安倍の分家に使役されてきたが、その扱いは式神に対するものではなく、下女以下の粗末なものだった。
それは巴が騰蛇の能力を全く持たない無能のミミズだったからだ。

「まだ汲み終わらないのかい?相変わらずとろ臭いミミズだねぇ」

いつも土まみれの巴を、いつの頃からか誰が言い始めたのか、蛇になれない無様なミミズと皆が揶揄するようになった。

巴の仕事は夜明け前の水汲み作業から始まる。
水汲みは下女の仕事だが、巴にそれを指示するのもまた下女だった。

彼女らは重労働となる作業をみな巴に押し付け、自分たちは飯炊きなどの調理や調度品の手入れなど、基本的に土に触れない雑事をしている。

「申し訳ございません。あと二往復後に薪割りに取り掛かります」

巴は人と異なり食事が要らないため常に働きづめだ。

水汲み終われば薪割りに火起こし、人間の排泄物の処理をしたのち昼頃になって領内の掃除を始める。
そして日が傾く前に再び水を汲みあげ風呂炊きをして、下女らの夕餉が終わったあとに炊事場の片づけを行うのだ。

睡眠は活動の源となるため取る必要があるが、誰よりも遅くまで働き、誰よりも早くに起きる巴の身体は殆ど休めてない。

まさに身を粉にして尽くしているが、そんな巴を陰陽領の人間や式神らは嗤い、蔑み、出来損ないと馬鹿にするのだ。

「それじゃ遅いよ。今朝は華蛇(かだ)様がお早い目覚めでね、朝餉を早くお出ししたいんだよ」

「承知いたしました。でしたら至急取り掛かります」

華蛇(かだ)は巴の姉で、安部の本家の嫡男――安部時晴(あべ ときはる)に使役されている華やかな雌型の式神だ。

騰蛇らしい白く美しい絹のような髪に、人を虜にする大きな黄色い瞳を持ち、筋の通った小さな鼻梁と血色に良い頬はいつも艶めいている。

さらに彼女は四神と呼ばれる東西南北の守護神のひとつ、青龍となる素質を持つと言われ領内でも破格に優遇されていた。

本来なら食事など摂る必要はないが、華蛇は人の真似をして食事を摂ることを好み、主人である時晴自身もそれを喜んで受け入れているため毎日朝餉が用意されるのだ。

ただし性格は猫のように気紛れで、使用人をよく振り回す。決まった時間に起きないのも多々あることの一つにすぎない。

そもそも騰蛇という一族は自由を好む性質を持つので仕方ないことかもしれないが。

自由を好むのは巴も同じで、今の境遇に甘んじているがいつも心は領の外へと向いていた。