式神の従属婚 〜悪辣陰陽師は出来損ないの騰蛇を娶る〜

――――あそこだ。

山間の小さな村から気配を察知し、巴はそこに向かって飛び込んだ。

鏡があったが激突することはなく、ただ少し亀裂が増えたような音と共に吸い込まれた。

視界は暗かったが。徐々に景色が変わり、気づくとそこは長年暮らした安倍家の屋敷の数々ーー陰陽領の領内にいた。

巴はぐるりと見渡し感心する。
書に書いてあるとおりの現象だ。

「巴様っ!」

突如、名を呼ばれた。

それは昔、使役の契約を結ぶ時に一度だけ聞いた声だった。

「翔期様……?」

契約後の巴を冷酷に放置し続けた男――安部の分家に属す翔期のものだったのだ。

陰陽領で稀に見る姿は冷ややかで物静か。しかしこちらは今までと様子が違う。

「なぜあなたがここに……も、もしや!私を助けに!?私を許してくれるのですか?」

縋るように目の前に倒れ込んでは、恍惚とした眼差しを向けてくる。

――彼を助ける?一体何を言っているのだ。

悍ましい態度の変化に顔を歪めた刹那、聞き馴染みのある声が響いた。

「いい加減、鬼の役は飽きたぞ」

「ひぃっ……!!」

翔期が弾かれたようにその場を離れ転がった。

そして巴の背後に隠れるようにして震えた。

「どっ、どうか助けてくれ!私は悪くない。被害者なんだ!!」

翔期は目の前の実弥に懇願したが、実弥が彼に刃を向けているのを見て巴はその身体を捻り地面へ叩き付した。

「い゛っ……許してくれ巴……華佗だ!華佗に騙されたんだよ。だから私は見逃してくれ」

巴は実弥が敵意を向けていたのでそうしただけだが、翔期は勝手に言い訳をはじめた。

「お前を使役出来ると教えられて血迷ったんだ……だっておかしいだろう、僅かに白銀の鱗を持っていたのを真っ先に気付いたのは私なのに、華佗は時晴がお前を使役する事になると言ったんだ」

「華佗……?」

華佗は時晴に使役され、大切に愛されているはずだ。

「……私が見初めたのに、本家というだけで青龍になるかもしれないお前を持っていかれるなど、耐えられなかったんだ」