式神の従属婚 〜悪辣陰陽師は出来損ないの騰蛇を娶る〜

一度は霊力目的に後継を成すのもいいと考えたが、行方不明の六限鏡の在り方が分かったことの方が僥倖だった。

あの鏡から漏れ出る残穢の一部は巴に向かっている。元を辿れば所在が判明するだろう。

貴重な情報源としての役割を果たしてくれるなら儲けものだ。
そもそも召喚したかったのは騰蛇の長である巴の父の方だ。娘の方は関係ない。

故に今の実弥は巴に対してそれ以上を求める気はなかった。

とはいえ、何も思わないわけではない。
何度かカマをかけてみたが、巴は恩を仇で返すような素振りがなかった。最近は呪具にまで興味を示している。

役立とうと必死な姿は凍てついた心を揺さぶるものがあったのだ。

安倍家に仕えていれば蘆屋家の悪名を聞いていただろうに。
陰陽領を出たがる程の扱いを受けていたからかもしれないが、巴は式神にしては珍しく自分の頭で考え、見たものを信じるらしい。

「手放すって、まだそんなこと言っているんですか?貴重な青龍に成るかもしれないのに、手放してまた囚われたらどうするんですか?敵対することになるかもしれませんよ」

「囚われる事がないよう陰陽を調律しているんだろ。六限鏡(ろくがんきょう)が手に入る頃にはあいつは自由だ。最早その辺の術者じゃ使役出来ないはずだ」

言えば真人は妙な間を置いたあと呟いた。

「……蛇は自由を好む一方で嫉妬深いとも聞きますし、気をつけてあげて下さいよ」

「それこそ、お前の犬神は忠実じゃないだろ」

特性は鑑みる必要があるが、全てを一様に捉えるのは愚かだと、いつか父が言っていたのを実弥は思い出す。

「それは、そうですが……」

「案ずるな。あれは俺に劣情を抱くような奴じゃない。意地だけで仕える気骨ある式神だ」

そこは評価している。
だから助けても良いと感じたのだから。

「まだ何か言いたそうだな」

「本当は気に入ってらっしゃるのに勿体無い」

「陰陽領の式神にしちゃ真っ当な考えを持ってるようで悪くはないが、それだけだ」

今日はやけに真人が食い下がる。
だが情など実弥には不要だ。
呪いとは業だ。業とは不自由だ。
使い捨てられる程度の煩悩以外は必要ない。
執着するもされるも身を滅ぼす。

実弥は極めて迷惑そうに眇めたあと、真人に銭袋を差し出した。

「さて……俺は(さとり)を連れて六限鏡を取りに行く。二日ほどで戻るが、その間の夜番頭の代理は鴉天狗に任せる。いつも通り伝えてくれ」

「鴉天狗様は迷い子の送還で出てらっしゃいますが……」

「ならお前が術者から適当に見繕ろえ」
「承知しました」

芦屋一派は灰汁の強い人間が多い。
金勘定に煩いこと以外は常識的な鴉天狗に後を任せたかったが仕方がない。
適任者は真人に委ねることにした。

巴にはいつもより深く眠れるよう術を施したので、後のことは真人に任せれば問題ないはずだ。

実弥は腰に携えた妖刀を撫でたあと一度寝所に戻り巴の姿を見つめたのち屋敷を出てゆく。

しかし実弥はこのあと、予想以上に六限鏡という呪具に苦戦することとなるのだった。