霊力は微弱だが火の化身のような赤褐色の髪と瞳を持ち、天女のように麗しい艶美な顔立ちをしていた。
その彼女が必死の形相で陰陽領に戻りたくないというので真人は心配になった。
数多の必死な顔を今まで見てきたがそれと同じだったのだ。
きっと決死の思いで召喚術に呼応したに違いない。
そして、そんな彼女の様子を見て渋々だが実弥は受け入れた。
彼は文句を言いながらも荷物を抱える人間なのだ。
業の深い下衆な相手には妖や人間問わず容赦ないが、そうでなければ手を差し伸べる。
そのやり口が些か悪辣だったりもするため彼が死んだ場合、きっと極楽浄土には行けないだろう。
しかし同じだけ徳も積んでいる場合は一体どうなるのだろうか。
とにかく、かくして二人は使役の関係に収まったのだ。
ばたりと倒れた巴を抱えた実弥に、真人は訊ねた。
「そういえば巴様はご自身を出来損ないと仰ってましたが、今は立派な神気と霊力を感じますね……」
実弥の強奪の術式後、巴の髪色が白銀に変わったことと関係あるのだろうか。
「呪いが一時的に切れたんだろうよ」
「一時的に……ですか?」
「あぁ。従属婚で完全に絶たれるはずだ。恐らくは六限鏡が関係している。思わぬ収穫だったな」
六限鏡は実弥が探していた呪具の一つだ。
確か『怨念、因縁、情念、信念、執念、疑念』といった六つの念を封じ込めることが出来る代物だと、真人も聞いたことがある。
「……まさかそれが分かっていて従属婚を?」
先見の目がある実弥だが、それほど卓越しているのかと歓喜に身震いしたが直ぐにそれはいなされた。
「そんなわけないだろ、偶然だ」
呆れた顔で見下ろされ、真人は残念がったが実弥は自論を続けた。
「従属婚は式神にとっちゃ恥辱だ。どれほどの覚悟か試しただけだ。そうでもなけりゃ式神の家出なんかに付き合ってられん」
「とても切羽詰まってらっしゃいましたけどね……なにか事情があるのかも」
「真人、お前も陰陽師なら言質は重要だと心得ろよ。推察は重要だが、親切を安売りするな。また騙されるぞ」
痛いところを突かれ真人は顔を顰めた。
何度も実弥に言われていることだ。
悲壮を背負ってやってくるものが、親切を引き出そうとするものか、本当に手を差し伸べる必要があるのか見極めろと。
それに本人の言葉を引き出さねば術は高まらない。
真人は実弥が両腕に抱えている巴の姿を見た。
式神とて疑えと言うのだろうか。
彼女は怯えていたが、悲壮というよりも強い意志を感じた。それは実弥とて気づいていたはずだ。
それでも選ばせるのだから、基本的に実弥はあまり自分以外のものを信用する気がないのだ。
それは過去に人にたぶらかされたからか、父親が自分の式神だったはずの騰蛇に裏切られたから……その両方なのかもしれない。
「しかし強奪で鏡にヒビでも入ったな。残穢が漏れたのを感じた……真人、六限鏡の在処が分かりそうだ。こいつを召喚した際はうんざりしたが、これで手打ちとしよう」
実弥は整理するかのように呟いては笑った。
その様子を見て気づく。
巴に子を望んでいたが、あれは本気だったのだと。
ここ二年ほどは実弥の古い付き合いである妖の総大将ぬらりひょんをはじめ、亡き父親の蘆屋道満を慕う一派から実弥は世継ぎを強く期待されていた。
のらりくらりと躱していた実弥だったが式神という条件に目をつけたのだろう。
あの時の彼女の霊力が微弱でも、式神というだけで霊力の高い子を設けられる可能性は十分にあった。
なんとも打算的だ。
けれども実弥が彼女を乱暴に扱うような男でないことも真人は知っている。
「手打ちにするって、娶らないということですか?」
「一旦は娶る。ひとまずは呪いの縁を断ち切るために従属婚やら何やら手数が必要だからな。だが事と次第によっちゃ自由にさせる」
屋敷に戻り実弥の意思を確認するとそんな風に言われた。
使用人らに布団を用意させ寝かせながら真人は頭を捻る。
つまり六限鏡の在り方が分かったから召喚の件は手打ちにするので子供は要らないということか。
一応、彼女の呪いを絶ってやるつもりがあるようだが、それには従属婚が必須と……その後は、手放す?
強奪した式神も従属婚まで結べば過去の契りは精算される。
その状態で離縁すれば巴は自由だ。
しかし価値のある式神をみすみす手放すのか?そんな疑問が浮かんだ。
なぜなら、実弥が巴の本来の姿を見て、『青龍に昇格する素質を持っている』と言っていたからだ。
青龍は十二天将の中でも上位に位置する四将の式神だ。
騰蛇が飛翔して青龍に成るらしいが、彼女がそうなら安倍家を潰すためにもこちらの布陣についてもらう方がいい。
だがやはり騰蛇の一族であることが理由なのだろうか。
他人に安易に親切にするなと言うが、実弥の親切こそ大安売りしているように思えた。
施して自由にさせるなんて、それは本当に釣り合いが取れているのか、と。
「……大丈夫ですかね……」
思わず声に出ていた。
その言葉に実弥の訝しげな視線が向けられ真人は慌てて取り繕う。
「いえ、巴様の顔色が優れないので」
あまり細かく詮索すると嫌がられるので、もう一つの疑問に気をそらすことにした。
「六限鏡に霊力を封じられたまま使役されていたからだろう。だが問題ない、回復する」
「なるほど……しかしなぜ力が封じられてると誰も気付かなかったのでしょう」
陰陽領という術者がごまんといる領地内で。
それも式神相手に。
すると実弥は平然と言った。
「あの呪具は癖が強い。封じられていることに本人はおろか、高位の術士すら気付かない代物だ。加えて呪った当事者は呪ったことを忘れる」
真人も六限鏡の逸話は知っているがそんな力まであったとは。どうりで実弥が欲しがるわけだとも合点がいった。
しかしそれにしても……尚更疑問は深まった。
「一体誰がそんな物騒なことを……」
眠りこける巴の疲れた顔を見て真人は不憫に思った。
「身内しか居ないだろ」
実弥はひとこと、冷静に告げた。
それからややあって補足するように続ける。
「こいつは青龍に昇格する素質を持つ、とは言ったな。鎖骨にある白銀の鱗がその証拠だ。初めて見た時は輝きに欠けていたが、今は違う……本来の霊力も相当に高い。こいつを封じるなら幼体期でなきゃ無理だ」
となれば接触する相手も絞られるのだと実弥は言う。
「安倍家にとったら重宝すべき存在ですよね。身内って陰陽領内の誰かという意味ですよね……」
「あぁ」
なぜそんなことをしたのか、真人は顔を曇らせた。
「……酷い話ですね。巴様は我々の前に現れた時に、はっきりと陰陽領には戻りたくないと仰られました……」
封じられたせいで立場が悪くなったのか。
聞いてみなければ分からないが、実弥に縋った巴は還されることを酷く嫌がって怯えていた。
「……お前はどう見る?」
「霊力の殆どを封じられた状態で回復も追いつかないほど酷使され続けた…そう推測出来ます」
「そうだな。つまり?」
「騰蛇の一族に、巴様の霊力を封じた奴がいる」
身内という言葉に浮かんだのは昇格争いだった。
「……惜しい。もう少し頭を捻ってみろ。式神の特性を思い出せ」
「あ……式神は呪具を使えませんね」
駄目だしをされ、真人は重要なことを失念していたことに気づいた。
「そうだ。十二天将の一族なら尚更だ」
「では騰蛇の一族のだれかが陰陽領の術者を唆したのですか?」
「その線が濃厚だな。そいつらは今頃苦しんでるだろうよ」
結論に達すると実弥は愉快だと言わんばかりの面持ちを見せた。
「……実弥様、楽しそうですね」
「自業自得の破滅だ。面白いだろ」
こういうところも悪辣と言われる所以なのだが、言ったところで直してはくれないだろう。
業に翻弄され悪事を働く者を忌諱する実弥は、巴が解放されたことによりこれから起きる破滅が楽しみで仕方がないといった調子だった。
「さて、俺は出てくる。頭領に報告しねぇとな……もうしばらくすりゃこいつも目覚めるだろう。気付いたら夜更けまで一人にさせてやれ」
「承知しました」
婚礼の日取りは追って相談するつもりだと細やかに指示を受けた真人は座敷に残り、自らの首に下げた大振りの数珠に触れながら考えた。
実弥は彼女を手放す気でいるが、巴が自らの意思で従属婚を続けてくれたらこれ以上に心強いものはない。
たらし込むことぐらい実弥なら容易いはずなのに、いつも険しい道を一人でゆこうとする。
「……せっかく伴侶になるのに勿体ない」
真人は眠る巴を眺めては独りごちたのだった。
その彼女が必死の形相で陰陽領に戻りたくないというので真人は心配になった。
数多の必死な顔を今まで見てきたがそれと同じだったのだ。
きっと決死の思いで召喚術に呼応したに違いない。
そして、そんな彼女の様子を見て渋々だが実弥は受け入れた。
彼は文句を言いながらも荷物を抱える人間なのだ。
業の深い下衆な相手には妖や人間問わず容赦ないが、そうでなければ手を差し伸べる。
そのやり口が些か悪辣だったりもするため彼が死んだ場合、きっと極楽浄土には行けないだろう。
しかし同じだけ徳も積んでいる場合は一体どうなるのだろうか。
とにかく、かくして二人は使役の関係に収まったのだ。
ばたりと倒れた巴を抱えた実弥に、真人は訊ねた。
「そういえば巴様はご自身を出来損ないと仰ってましたが、今は立派な神気と霊力を感じますね……」
実弥の強奪の術式後、巴の髪色が白銀に変わったことと関係あるのだろうか。
「呪いが一時的に切れたんだろうよ」
「一時的に……ですか?」
「あぁ。従属婚で完全に絶たれるはずだ。恐らくは六限鏡が関係している。思わぬ収穫だったな」
六限鏡は実弥が探していた呪具の一つだ。
確か『怨念、因縁、情念、信念、執念、疑念』といった六つの念を封じ込めることが出来る代物だと、真人も聞いたことがある。
「……まさかそれが分かっていて従属婚を?」
先見の目がある実弥だが、それほど卓越しているのかと歓喜に身震いしたが直ぐにそれはいなされた。
「そんなわけないだろ、偶然だ」
呆れた顔で見下ろされ、真人は残念がったが実弥は自論を続けた。
「従属婚は式神にとっちゃ恥辱だ。どれほどの覚悟か試しただけだ。そうでもなけりゃ式神の家出なんかに付き合ってられん」
「とても切羽詰まってらっしゃいましたけどね……なにか事情があるのかも」
「真人、お前も陰陽師なら言質は重要だと心得ろよ。推察は重要だが、親切を安売りするな。また騙されるぞ」
痛いところを突かれ真人は顔を顰めた。
何度も実弥に言われていることだ。
悲壮を背負ってやってくるものが、親切を引き出そうとするものか、本当に手を差し伸べる必要があるのか見極めろと。
それに本人の言葉を引き出さねば術は高まらない。
真人は実弥が両腕に抱えている巴の姿を見た。
式神とて疑えと言うのだろうか。
彼女は怯えていたが、悲壮というよりも強い意志を感じた。それは実弥とて気づいていたはずだ。
それでも選ばせるのだから、基本的に実弥はあまり自分以外のものを信用する気がないのだ。
それは過去に人にたぶらかされたからか、父親が自分の式神だったはずの騰蛇に裏切られたから……その両方なのかもしれない。
「しかし強奪で鏡にヒビでも入ったな。残穢が漏れたのを感じた……真人、六限鏡の在処が分かりそうだ。こいつを召喚した際はうんざりしたが、これで手打ちとしよう」
実弥は整理するかのように呟いては笑った。
その様子を見て気づく。
巴に子を望んでいたが、あれは本気だったのだと。
ここ二年ほどは実弥の古い付き合いである妖の総大将ぬらりひょんをはじめ、亡き父親の蘆屋道満を慕う一派から実弥は世継ぎを強く期待されていた。
のらりくらりと躱していた実弥だったが式神という条件に目をつけたのだろう。
あの時の彼女の霊力が微弱でも、式神というだけで霊力の高い子を設けられる可能性は十分にあった。
なんとも打算的だ。
けれども実弥が彼女を乱暴に扱うような男でないことも真人は知っている。
「手打ちにするって、娶らないということですか?」
「一旦は娶る。ひとまずは呪いの縁を断ち切るために従属婚やら何やら手数が必要だからな。だが事と次第によっちゃ自由にさせる」
屋敷に戻り実弥の意思を確認するとそんな風に言われた。
使用人らに布団を用意させ寝かせながら真人は頭を捻る。
つまり六限鏡の在り方が分かったから召喚の件は手打ちにするので子供は要らないということか。
一応、彼女の呪いを絶ってやるつもりがあるようだが、それには従属婚が必須と……その後は、手放す?
強奪した式神も従属婚まで結べば過去の契りは精算される。
その状態で離縁すれば巴は自由だ。
しかし価値のある式神をみすみす手放すのか?そんな疑問が浮かんだ。
なぜなら、実弥が巴の本来の姿を見て、『青龍に昇格する素質を持っている』と言っていたからだ。
青龍は十二天将の中でも上位に位置する四将の式神だ。
騰蛇が飛翔して青龍に成るらしいが、彼女がそうなら安倍家を潰すためにもこちらの布陣についてもらう方がいい。
だがやはり騰蛇の一族であることが理由なのだろうか。
他人に安易に親切にするなと言うが、実弥の親切こそ大安売りしているように思えた。
施して自由にさせるなんて、それは本当に釣り合いが取れているのか、と。
「……大丈夫ですかね……」
思わず声に出ていた。
その言葉に実弥の訝しげな視線が向けられ真人は慌てて取り繕う。
「いえ、巴様の顔色が優れないので」
あまり細かく詮索すると嫌がられるので、もう一つの疑問に気をそらすことにした。
「六限鏡に霊力を封じられたまま使役されていたからだろう。だが問題ない、回復する」
「なるほど……しかしなぜ力が封じられてると誰も気付かなかったのでしょう」
陰陽領という術者がごまんといる領地内で。
それも式神相手に。
すると実弥は平然と言った。
「あの呪具は癖が強い。封じられていることに本人はおろか、高位の術士すら気付かない代物だ。加えて呪った当事者は呪ったことを忘れる」
真人も六限鏡の逸話は知っているがそんな力まであったとは。どうりで実弥が欲しがるわけだとも合点がいった。
しかしそれにしても……尚更疑問は深まった。
「一体誰がそんな物騒なことを……」
眠りこける巴の疲れた顔を見て真人は不憫に思った。
「身内しか居ないだろ」
実弥はひとこと、冷静に告げた。
それからややあって補足するように続ける。
「こいつは青龍に昇格する素質を持つ、とは言ったな。鎖骨にある白銀の鱗がその証拠だ。初めて見た時は輝きに欠けていたが、今は違う……本来の霊力も相当に高い。こいつを封じるなら幼体期でなきゃ無理だ」
となれば接触する相手も絞られるのだと実弥は言う。
「安倍家にとったら重宝すべき存在ですよね。身内って陰陽領内の誰かという意味ですよね……」
「あぁ」
なぜそんなことをしたのか、真人は顔を曇らせた。
「……酷い話ですね。巴様は我々の前に現れた時に、はっきりと陰陽領には戻りたくないと仰られました……」
封じられたせいで立場が悪くなったのか。
聞いてみなければ分からないが、実弥に縋った巴は還されることを酷く嫌がって怯えていた。
「……お前はどう見る?」
「霊力の殆どを封じられた状態で回復も追いつかないほど酷使され続けた…そう推測出来ます」
「そうだな。つまり?」
「騰蛇の一族に、巴様の霊力を封じた奴がいる」
身内という言葉に浮かんだのは昇格争いだった。
「……惜しい。もう少し頭を捻ってみろ。式神の特性を思い出せ」
「あ……式神は呪具を使えませんね」
駄目だしをされ、真人は重要なことを失念していたことに気づいた。
「そうだ。十二天将の一族なら尚更だ」
「では騰蛇の一族のだれかが陰陽領の術者を唆したのですか?」
「その線が濃厚だな。そいつらは今頃苦しんでるだろうよ」
結論に達すると実弥は愉快だと言わんばかりの面持ちを見せた。
「……実弥様、楽しそうですね」
「自業自得の破滅だ。面白いだろ」
こういうところも悪辣と言われる所以なのだが、言ったところで直してはくれないだろう。
業に翻弄され悪事を働く者を忌諱する実弥は、巴が解放されたことによりこれから起きる破滅が楽しみで仕方がないといった調子だった。
「さて、俺は出てくる。頭領に報告しねぇとな……もうしばらくすりゃこいつも目覚めるだろう。気付いたら夜更けまで一人にさせてやれ」
「承知しました」
婚礼の日取りは追って相談するつもりだと細やかに指示を受けた真人は座敷に残り、自らの首に下げた大振りの数珠に触れながら考えた。
実弥は彼女を手放す気でいるが、巴が自らの意思で従属婚を続けてくれたらこれ以上に心強いものはない。
たらし込むことぐらい実弥なら容易いはずなのに、いつも険しい道を一人でゆこうとする。
「……せっかく伴侶になるのに勿体ない」
真人は眠る巴を眺めては独りごちたのだった。



