狐に嫁入り

 互い一言も話さないままで、凡そ半時間。

「な、なんで……?」

 疑問は、様々な意味合いを孕んでいた。
 しかしてそれには、

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 頭を下げる複数人の女中らの存在によって、凡その説明がついてしまった。
 けれども分からないのは、

「どうして、女中として……」

 なぜこれだけ豪華な屋敷の産まれでありながら、どうして紅緒はあそこで働いているのかということだ。

 金が必要なのか?
 そんなもの、この家に腐るほどあることだろう。

 ならば取り入る為に?
 そんなもの、家柄次第でどうとでもなるだろう。

 分からない。

「先に言っておくけれど、私が働いているのは野望の為よ」

 紅緒は、髪留めを解きながら言う。
 軽く振った頭の周りで、長く艶やかな赤髪が躍った。

「それは、他の皆様と同じ……?」

「ええ。獅桜院家の女になる為にね」

 紅緒は、殊の外あっけらかんと言った。
 相手が元とは言え同じ女中とあって、別段隠すようなことではないと踏んでのことなのだろうが、そうであればこそ余計に、その理由について問いたくなった。

「あなた、感情を隠すのが下手ね」

「……気にはなりますが、知ってどうするということもありませんから」

「そ? なら話さない」

 別に話すことくらい良いけど、とも聞こえそうな言い方に、そこまで込み入った理由なんてないのだろうかと思う。

「それより、夕餉にしましょう。すぐに準備させるわ」

「へ……? い、いえ、そこまでしていただく訳には――!」

「じゃあ何の為に着いて来たの? お金?」

「あ、や、その……」

 言いかけた言葉を飲み込んだことで、変な沈黙が広がってしまった。
 せっかく巡り合えた場所なのだからと思ったが、出迎えの数人があれだけ余裕そうな佇まいだったのだ、女中の手は当然足りていることだろう。
 雇ってくれないか、と提案することの無意味さは瞭然だ。

「――まぁいいわ」

 紅緒は目を伏せそう言って、近くに控えていた女中をひとり呼び寄せた。

「今からでも二人分できるかしら?」

「可能です」

「じゃあ二人分。よろしく」

「畏まりました」

 言葉に迷っている暇にも、紅緒は話しを進めてしまう。
 戸惑いから更に頭が混乱していると、紅緒はまた、先を歩き始めた。

「――まぁ、何をするにもまずは腹ごしらえが先よ。今日は丁度、滅多に手に入らない食材を使ってもらったから。それを食べないことの勿体なさが分かるなら、一緒に来なさい」

 進む先へと目を向けたまま話す紅緒の背中を眺めていると、冷淡な口調の割に、どこか心はぽっと温かくなった。
 迷いはしたけれど、着いて来て良かった。素直に、そう思えた。
 それに――


 ぐぎゅるるるる……。


 どこからともなく漂う香気に、お腹の虫も、そろそろ限界だと叫んでいることだ。
 これまでの頑張り分、一飯くらい甘えても罰は当たるまい。