狐に嫁入り

 さて。
 本当に、どうしたものだろうか。
 村へ帰るのは、選択肢が全て潰れた後の最終手段だ。だからまずは、納得ゆくまで、色々と探さなければ。

 ――そう思って、あちこち駆けずり回ったのだけれど。

「簡単に見つかるとは、思っていませんでしたが……」

 花屋、酒場、雑貨屋、料理店――。
 店というものを見つけ次第、片端から突撃交渉をしてみたが、当然、急に現れたそんなものに二つ返事をする場はなく。
 辺りが暗くなり始めた頃、空は小さな雨粒を落とし始めた。
 初は途方に暮れて、誰かの家の軒でしゃがみ込んでいた。

 ここも何かの店だろうか。
 中から良い香りが漏れている。
 そんなことを思った心身を襲うのは、空腹という名の欲求。
 ギュルルと響く腹の悲鳴に、初は食事、更には今晩泊まる宿のことについては、全く考えていなかったことを思い出した。

 幾らか手元にあるとは言っても、それは極力使いたくない。
 そんなことを考えていた折、ガラガラと扉の開く音が響いた。

「気を付けて帰ってね、紅緒ちゃん」

 誰か知らない人の声に、ピクリと眉が動く。

「うん」

 今度は、脳の片隅に少しばかり残る声が聞こえて、思わず顔を上げた。
 その声のした方を、横目に仰ぐ。

「紅緒さん……?」

「ん?」

 口を突いて出た言葉に、背中を向けていたその人が振り返る。

「誰――いえ、あなた……」

 目が合った。
 瞬間、椿は踵を返して、

「来なさい」

 それだけ短く言って、歩き始めてしまった。

「え……?」

 何を言われたのか、すぐには分からなかったけれど。
 二秒、いや一秒だけ過去の記憶を辿って、たしかにそう言われたのだと遅れて理解した後で、初は立ち上がり、優雅に歩き進むその背を追った。