狐に嫁入り

「ほんとに出てくの?」

「はい」

 美弥の言葉に、初は間髪入れず頷いた。
 ここにいられる、いやいる理由は、もう一つだって無くなってしまった。

「お世話になりました。昨日の今日だけですが」

「冗談が現実になるとか笑えないね」

「ほんと、爆笑必至ですよ」

 並べた言葉の数々に悔いはない。
 時代が、世間が、どうあろうと、自分を曲げること、それを作り上げた母を裏切ることの方が、余程堪える。

「これからどうすんの?」

「少し仕事を探して、見つからなければ村に帰ります。母には申し訳なく思いますが」

「そ。初、お母さんの為に働いてたんだ」

「ええ、まぁ」

 初は肩を竦めて笑うだけ。
 ここで委細を語り聞かせて涙を頂戴するような、そんな情けのないことは出来ない。

「ま、今度ご飯でも行こうよ。美味しいとこいっぱい知ってるからさ」

「はい。ありがとうございます」

 そんなやり取りはもう、せっかく話すようになった相手との別れに引いていた尾を、離すに等しくもあって。
 続く言葉は、「それでは」以外に見つからなかった。

「また、今度」

「ん。またね」

 控えめな会釈と、控えめな手振り。
 余韻を惜しみ始めたら、いよいよ離れるのが辛くなってしまうからと、初はすぐにそこから目を逸らし、纏めた荷物を担ぎ直して屋敷を後にした。

 何となく、空を見上げる。

「はぁ……」

 今にも雨が降り出しそうな、酷い色をした曇天が広がっていた。