狐に嫁入り

「ねぇ初。妖還り同士が番となって子どもを産んだ場合、そこ子はどうなるか知ってる?」

 その質問に、初は答えられない。
 知らない、というのが理由としては大きかったが、無意識の内にふと考えてみた時、どうにもそれらしい答えが浮かばなかったからだ。
 通常の妖還りは、遺伝子による継承ではなく、魂の回帰。即ち転生と憑依。故に、大半の子は、妖還りでないか、妖還りだとしても親と同じ妖怪ではない別の妖の魂の転生、ということが殆どなのだ。
 それは、辺境の地に住む初のような人間でも知っている、御伽噺のような常識の一つ。

 しかし、紅緒や眞弥のような、血統による妖還りがどうなってゆくのか。
 知識というものには人並みに貪欲でも、聞いたことがなかった。

「答えはね。男優位の継承がされるの。でも転生じゃないから当然魂は一つ。どういう意味か分かるわよね?」

「それは――」

 一つの答えが浮かんだ。
 考え得る中で、最悪の筋書きだった。

「気付いたようね。ええそうよ。転生じゃない因子が子どもへと継承される――つまり、それまで存在していた因子の継承者は、その時点で消える、死ぬのよ」

「なるほど、だから可能というわけですか……」

「そう。自由を奪って子種を貰うの。そうすればほら、私とあの人が混ざり合った子どもに、あの人の力……ああ、考えただけで幸せだわ」

 紅緒は恍惚の表情を浮かべ、自身の身体を強く抱いて身悶える。
 整然としていないその考えに、初は理解しようとする思考を止めた。

「狂ってますね……」

「人間誰だって狂っているものよ。あなたは自分がそうでないと思い込んでいるだけ」

「なら尚更、それを愛なんて呼ぶのはおかしいのではありませんか……?」

「そう? 愛した人の種をこの身で産み育てる。これ程までに満たされることがあるかしら?」

「愛した当人が死んで満たされるなんてこと、あるはずがないでしょう……?」

「それは違うわ。新たな命に産まれ変わるのよ。私のことを僅かでも嫌いな心がある器から、私好みに育てることの出来る真っ白な器へとね」

「……産まれて来る、いえ、自分の身体を痛めて産む子どもを、そんなことに……?」

「理解しろなんて言わないわ。これはただの独り言だもの」

 独り恍惚に笑いながら手を振る紅緒に、初の中は怒りが募ってゆく。
 理解しようだなんて考えはもう捨てたが、だからと言って、言葉を聞き流せるわけではない。
 聞き流してはいけない類の妄言だ。

「長話が過ぎたわ。そろそろ死んで頂戴。誰の目にもつかないこの場所で。私の計画に、あの人の望むあなたは邪魔よ。あなたみたいなのを彼が選ぶなんて、赦せない」

「望まれてなど……」

 望んでいるはずがない。
 自分に興味のない女なら誰も良いのだ。
 そういう男だ。そういう人間だ。

 ――けれど。

「……私、自分が死ぬことなんて、これっぽちも怖くはないんです。斬られようと、焼かれようと、嬲られようと、母を喪うことに比べれば、そんなことはどうでもいいんです……」

 けれど、だ。

「どうでもいい――ええ、どうでもいいです。あんな男のことなんて、心底どうでもいいです。けれど――だからと言って、死んでしまえとまでは思いません。私の目の届かないところで勝手にやっててくれたら、別にそれで構わないんですから」

「詭弁ね」

「言ったはずですよ、私は母の為に働いているのだと。母はとても正義感が強く行動力も溢れる人なんです。私は、そんな母のことを世界で一番尊敬しています。
 其の為に私は、こんなところで死ぬわけにはいかないんです。心底嫌いでも、縁を持ってしまった、罪人でもない人間が死ぬのを良しとするなんて、母が許すはずないからです」

 初は心を強く、強くもつ。

「死ぬのはやめます……こんなところで、貴女みたいな人に殺されるのは、嫌です」

「今更怖くなったのかしら?」

「まさか。ただ私の心に従って……間違っていると思うことを、避けて生きたくないだけです…!」

 真っ直ぐに紅緒の目を見て告げるのと同時、初はその瞬間に全ての力を籠めて身体を起こし、一思いに踏み込んだ。
 予想外の行動と勢いに、何をされるのかと咄嗟に防御の姿勢を取る紅緒。しかして初は、そんな紅緒の方から軌道を変え、埃の被った壁の方へと向かった。

「何を――まさかッ…!」

 気付いた時には遅かった。
 初はその壁目掛け、力の限りの体当たりを見舞う。
 そこからミシミシと音を立てて、壁はいとも容易く割けるのだった。