狐に嫁入り

「…………はぁ」

 空腹感が満たされたからか、はたまた罪悪感からか。
 重く深い溜め息が零れる。
 最低限、命が続くであろうだけの量を食べた後で、頭を抱えた。
 切り崩すつもりのなかった金に手をつけたことは、過ぎた今、この際どうでもいい。

 問題なのは、そうして働き始めた頭で、身体で、どうすれば仕事に有り付けるだろうかということだ。
 未だ健康な状態であった半月前でさえあのような結果だったのだ。
 ここに来てすんなり仕事が見つかる、などとは、どうしても思えない。
 今のまま紅緒の屋敷で世話になり続けるというのもいただけない。
 まずはあの屋敷を出て、宿を確保し、最悪でもこの手持ちが無くなるまでに新しい仕事に就く。

 それに――考えることは山積している。
 食事ついでの休息さえ、今は惜しい。

「……よしっ」

 もう大丈夫。
 覚悟は決まった。
 これは自分ではなく、母と仲間の為なのだ。
 諦める理由なんて、探すにはまだ遠い。

「ご馳走様でした。美味しかったです」

「おう、ありがとな嬢ちゃん。いい食いっぷりだった、またいつでも来てくれな!」

 店主の言葉には、何も返答できないまま。
 初は支払いを済ませると、何とか会釈一つだけ返して、店を後にした。
 暖簾をくぐり、憎たらしいくらいに眩しい夕焼けに目を覆った。

 直後、

「っ……!?」

 何者かに、背後から口を覆われた。
 咄嗟に叫ぼうと試みるが、強く押さえつけられて、言葉はおろか、音を出すことも叶わない。
 周囲には誰もいない。
 こんな見てくれで、身分で、目立つのを避け、人気の少ない路地の店を選んだのが間違いだった。
 店の店主は――背後へと振り返ることも出来ない。
 口を覆うその手拭いには、何かが沁み込ませてあるのか、そんなことを思案している暇にも、意識が急速に遠のき始めた。

(誰ッ……何、これッ…!?)

 その正体も、目的も、不明なことだらけな中。

(こ、の……香り……)

 意識を手放す直前に鼻腔をくすぐったのは、記憶に新しい香りだった。