狐に嫁入り

 視界が揺らぎ始めた。
 空腹感からか、疲労感からか、どうしてそうなっているのか、もう分からない程だ。
 外を彷徨い歩くのも限界が近い。

「…………だめ」

 一瞬、脳裏を過った考えは、頭を振って追いやった。
 手元にあるこの金は、手をつけない、切り崩さないと誓った蓄えだ。
 この先、あとどれくらいの日々を、ここで過ごすことになるかは分からないけれど、もし早々に帰るようなことになるのなら、何があろうと手をつけるわけにはいかない。

 けれど。
 そうなる前に、倒れてしまう予感がある。
 そうなる前に、自分が果ててしまう未来が間近に見える。
 今は村の仲間たちが、少しずつ出し合って母のことを診てくれている。初が稼ぎに出たのは、母の療養と、その仲間たちの助けに報いる為だ。

 もし今、自分の命が尽きるようなことになれば――遠く小さな村になど、自分の訃報は届かないだろう。そうなれば今後、訳も分からないままに、仲間たちにずっと母の面倒をみさせることになる。いやともすれば不義理者、裏切り者の烙印でもその内に押されて、母がその皺寄せを食らうことにもなりかねない。
 あの村に住む、あの人たちのことだ。そんなことは絶対にないと思う。
 けれどもそれは、思っているだけで、未来でどうなるかなんて誰にも分からない。

 信じたい。
 けれども、一度でもそんな考えが過ってしまったら、いよいよ以ってこんなところでくたばる訳にはいかなくなった。

「……ごめん、お母さん」

 手にした巾着を握り締めて謝って、初は進む先を変える。
 どこでもいい。飲食物に巡り合えそうな方へと、ゆっくり歩き出した。