家に帰ってからは、倒れこむようにして眠りについた。
そして今日も、早朝に目が覚める。
「さなは優しい人だから」というみゆの言葉が、ずっと頭の中をぐるぐると駆け巡る。
ずっと、胸の奥につかえている言葉。
あんなに苦しそうに言われたら、こんな言葉、素直に受け取れるわけがない。
本当に優しい人だったら、何があってもみゆのそばで寄り添っていると思うよ。
私なんて、なんにも優しくなんかない。
…寄り添えば、いいのかな。
私はずっと、みゆをほしかげ界隈から連れ出そうとしていたけれど。
あそこは、みゆの居場所だ。
みゆに何があったのか、どうしてあの広場に来たのかはわからない。
それでも、あれはみゆの居場所。私は、みゆを居場所から突き放すことはできない。でも。
ただ隣で、話を聞いてあげることはできる。
みゆ、隔てないで。
私は、みゆと似た者同士なんだよ。
私があなたに寄り添う。隣で話を聞くよ。
それが正解かどうか、やってみなければわからないけれど。
それが正解だと信じて、やってみる。
もう、あなたにそんな顔はさせない。
休日のほしかげ界隈はどこか少し近寄りがたさが増しているように思えて、結局みゆのもとへ行くのは今日、つまり放課後になってしまった。
あれだけ言ったのに、と呆れられてしまうかもしれない。本当に嫌われてしまうかもしれない。
それでも、みゆのあの頃と変わらないところを信じてみる。
私のわがままに、付き合ってもらう。
星霜ビルの広場に着いて、みゆがいるかどうか建物の陰から覗いてみると、珍しく姿がなかった。
しかし、あの日みゆの隣に座っていた可愛い声の子は、変わらずにそこにいた。
私は勇気を出して、その子に話しかけてみた。
「あ、みゆの知り合いちゃんだ」
「この前はお騒がせしました…」
別に、と、その子はすぐにスマホに目線を落として言った。
「ボクはみゆのことは知らないよ」
訊こうとしたことを先に心読まれたかのようで、それでも確かに私がここに来る理由はみゆのことでしかないわけで、何とも言えなかった。
ほしかげ界隈の人って、みんな独特の雰囲気を持っている。
「今日は何しに来たわけ?散々みゆに追い返されたのに」
「そうなんだけど…。どうしても、提案?みたいなことがしたくて」
辛抱強いねぇ、と言われ、胸がぎゅっとなる。
きっとこの子は、私なんかに何も興味がない。それでも、みゆと話していたから、少し信頼が持てる。
ここで待ってちゃだめかな、と訊くと、ボクは知らないから好きにすれば、と言ってくれた。すっと隣に座ってみる。
この子は、悪い子じゃない。そう思った。
しかし、まだ自分から口を開いてのうのうと話を持ち掛けるのは気が引けて、ずっと黙り込んでいた。
すると、はぁ、というため息が、隣から聞こえた。
「…みゆね、君が帰った後、珍しく泣いてたよ」
「え…?」
みゆが、泣いていた?
聞いた瞬間は信じられなくて、噓だと思った。それでも、隣に座る子の横顔が何かをじっと考えているように見えて、段々と現実味が湧いてくる。
「どうして?わ、私のことで泣いてたのかな…?」
「知らなーい」
また、その子はスマホを開いた。
その途端だった。
私たちの肩に、ぽん、と手が乗った。
「あたしがいない間にそういう話するのって、これで何回目?ゆのあ」
あ、ごめーん、と言う。そうだ、この子の名前は、ゆのあ。ゆのあくんだ。そして、手の正体は、やはりみゆだった。
「みゆ、ごめん。来ないでって何回も言われたのに…」
「ほんとだよ。こっちの身にもなってほしい」
…あれ?
怒られるかと思っていたのに、みゆは私を責めることはなかった。
「あの、私、みゆに提案があって来たの」
「うん。何?」
これまた意外だった。もういいから、などと言われて、またすぐに帰るか、口論になってしまうかもしれないとも思っていた。
でも、そう思っていた私が間違っていた。
みゆは、「みゆ」じゃなくて、「池野みゆ」として、ここにいるんだ。
「…私、ずっとみゆをここから連れ出そうと思ってた。というか、ここにみゆがいることを、信じたくなかった。でも、ここはみゆの居場所なんだよね」
みゆが、うん、と頷く。なんだかあの頃に戻っていくような感覚がする。
「連れ出すんじゃなくて、寄り添えばいいんだって、気がついたの。…だからお願い」
たっぷりと息を吸い込んで、みゆの目をじっと見つめて、私は言った。
「私に、隣で話を聞かせて」
みゆの心に届いた。
…はずだった。
みゆが俯く。ふふ、という、明るい声がこぼれる。
「あははっ、あははは!」
みゆの顔が上がると、そこには、満面の笑みが浮かんでいた。涙が出るほど笑っている。
それはゆのあくんも同じで、私はわけがわからなかった。
「え、え?なんで二人ともそんな笑って…?」
しばらく二人はずっと笑っていて、私はずっと困惑していて。
それでも、二人の笑顔がものすごく輝いていて、明るくて、私はなんだかほっとした。
こんな子供みたいに、無邪気に笑っている二人の笑顔を。
はぁー、と長く息を吐いて、みゆが口を開く。
「そんな真剣に言わなくても、もうあたしたちに想いは伝わってるよ」
でも、みゆは。私もそう言おうとしたけれど、みゆがまだ少し笑いながらこちらを見るものだから、やめることにした。
ごめんごめん。そう言うみゆの顔に、もう迷いはなかった。
「あたしも考えたの。来るなって言っても、もう変わらない気がして。さなを拒むごとにあたしがつらくなってた」
確かに、みゆは「もう来ないで」と言うとき、いつもどこか苦しそうな顔をしていた。
それでも私は何度もここへ来た。
見捨てることなんてできない。
それは、私もみゆも同じ、昔からの性格だ。
「絶対、危ないことには巻き込まない。さなが傷つくような真似はしない。それは約束する」
みゆが私と目線の高さを合わせて、深呼吸をする。
そして、真っ直ぐで力いっぱいの眼差しを向ける。
「…あたしに、協力してくれませんか」
そして今日も、早朝に目が覚める。
「さなは優しい人だから」というみゆの言葉が、ずっと頭の中をぐるぐると駆け巡る。
ずっと、胸の奥につかえている言葉。
あんなに苦しそうに言われたら、こんな言葉、素直に受け取れるわけがない。
本当に優しい人だったら、何があってもみゆのそばで寄り添っていると思うよ。
私なんて、なんにも優しくなんかない。
…寄り添えば、いいのかな。
私はずっと、みゆをほしかげ界隈から連れ出そうとしていたけれど。
あそこは、みゆの居場所だ。
みゆに何があったのか、どうしてあの広場に来たのかはわからない。
それでも、あれはみゆの居場所。私は、みゆを居場所から突き放すことはできない。でも。
ただ隣で、話を聞いてあげることはできる。
みゆ、隔てないで。
私は、みゆと似た者同士なんだよ。
私があなたに寄り添う。隣で話を聞くよ。
それが正解かどうか、やってみなければわからないけれど。
それが正解だと信じて、やってみる。
もう、あなたにそんな顔はさせない。
休日のほしかげ界隈はどこか少し近寄りがたさが増しているように思えて、結局みゆのもとへ行くのは今日、つまり放課後になってしまった。
あれだけ言ったのに、と呆れられてしまうかもしれない。本当に嫌われてしまうかもしれない。
それでも、みゆのあの頃と変わらないところを信じてみる。
私のわがままに、付き合ってもらう。
星霜ビルの広場に着いて、みゆがいるかどうか建物の陰から覗いてみると、珍しく姿がなかった。
しかし、あの日みゆの隣に座っていた可愛い声の子は、変わらずにそこにいた。
私は勇気を出して、その子に話しかけてみた。
「あ、みゆの知り合いちゃんだ」
「この前はお騒がせしました…」
別に、と、その子はすぐにスマホに目線を落として言った。
「ボクはみゆのことは知らないよ」
訊こうとしたことを先に心読まれたかのようで、それでも確かに私がここに来る理由はみゆのことでしかないわけで、何とも言えなかった。
ほしかげ界隈の人って、みんな独特の雰囲気を持っている。
「今日は何しに来たわけ?散々みゆに追い返されたのに」
「そうなんだけど…。どうしても、提案?みたいなことがしたくて」
辛抱強いねぇ、と言われ、胸がぎゅっとなる。
きっとこの子は、私なんかに何も興味がない。それでも、みゆと話していたから、少し信頼が持てる。
ここで待ってちゃだめかな、と訊くと、ボクは知らないから好きにすれば、と言ってくれた。すっと隣に座ってみる。
この子は、悪い子じゃない。そう思った。
しかし、まだ自分から口を開いてのうのうと話を持ち掛けるのは気が引けて、ずっと黙り込んでいた。
すると、はぁ、というため息が、隣から聞こえた。
「…みゆね、君が帰った後、珍しく泣いてたよ」
「え…?」
みゆが、泣いていた?
聞いた瞬間は信じられなくて、噓だと思った。それでも、隣に座る子の横顔が何かをじっと考えているように見えて、段々と現実味が湧いてくる。
「どうして?わ、私のことで泣いてたのかな…?」
「知らなーい」
また、その子はスマホを開いた。
その途端だった。
私たちの肩に、ぽん、と手が乗った。
「あたしがいない間にそういう話するのって、これで何回目?ゆのあ」
あ、ごめーん、と言う。そうだ、この子の名前は、ゆのあ。ゆのあくんだ。そして、手の正体は、やはりみゆだった。
「みゆ、ごめん。来ないでって何回も言われたのに…」
「ほんとだよ。こっちの身にもなってほしい」
…あれ?
怒られるかと思っていたのに、みゆは私を責めることはなかった。
「あの、私、みゆに提案があって来たの」
「うん。何?」
これまた意外だった。もういいから、などと言われて、またすぐに帰るか、口論になってしまうかもしれないとも思っていた。
でも、そう思っていた私が間違っていた。
みゆは、「みゆ」じゃなくて、「池野みゆ」として、ここにいるんだ。
「…私、ずっとみゆをここから連れ出そうと思ってた。というか、ここにみゆがいることを、信じたくなかった。でも、ここはみゆの居場所なんだよね」
みゆが、うん、と頷く。なんだかあの頃に戻っていくような感覚がする。
「連れ出すんじゃなくて、寄り添えばいいんだって、気がついたの。…だからお願い」
たっぷりと息を吸い込んで、みゆの目をじっと見つめて、私は言った。
「私に、隣で話を聞かせて」
みゆの心に届いた。
…はずだった。
みゆが俯く。ふふ、という、明るい声がこぼれる。
「あははっ、あははは!」
みゆの顔が上がると、そこには、満面の笑みが浮かんでいた。涙が出るほど笑っている。
それはゆのあくんも同じで、私はわけがわからなかった。
「え、え?なんで二人ともそんな笑って…?」
しばらく二人はずっと笑っていて、私はずっと困惑していて。
それでも、二人の笑顔がものすごく輝いていて、明るくて、私はなんだかほっとした。
こんな子供みたいに、無邪気に笑っている二人の笑顔を。
はぁー、と長く息を吐いて、みゆが口を開く。
「そんな真剣に言わなくても、もうあたしたちに想いは伝わってるよ」
でも、みゆは。私もそう言おうとしたけれど、みゆがまだ少し笑いながらこちらを見るものだから、やめることにした。
ごめんごめん。そう言うみゆの顔に、もう迷いはなかった。
「あたしも考えたの。来るなって言っても、もう変わらない気がして。さなを拒むごとにあたしがつらくなってた」
確かに、みゆは「もう来ないで」と言うとき、いつもどこか苦しそうな顔をしていた。
それでも私は何度もここへ来た。
見捨てることなんてできない。
それは、私もみゆも同じ、昔からの性格だ。
「絶対、危ないことには巻き込まない。さなが傷つくような真似はしない。それは約束する」
みゆが私と目線の高さを合わせて、深呼吸をする。
そして、真っ直ぐで力いっぱいの眼差しを向ける。
「…あたしに、協力してくれませんか」



