晨星、黎明に駆けて

それから私は、何度もみゆのもとへ会いに行った。必ず言われるのは、「もう来ないで」という言葉。
段々とみゆは呆れてきたのか、それとも関わりたくないのか、私の言葉に反応しなくなっていった。
しかし、ずっと逃げずに、目さえ合わないものの、私の話を聞いてくれている。
他の人から見れば、確実に怪しまれる。それでも私は、こうすることが正解あると思って、今日もみゆのもとへ向かう。
気がつけば、電車で参考書を読むことをやめていた。
一駅手前で降りて、星霜ビルに行く。
必ず建物の陰から、みゆがいることを確認して、広場に足を踏み入れる。
「こんにちは…!」
…今日も無視か。と思った瞬間だった。
「みゆ今怒ってるから、帰った方がいいと思うよ」
女の子の隣に座っている人から、声をかけられた。
と同時に、私はみゆという名前に反応してしまった。
「この人、みゆって名前なんですか?」
「うん。そーだよ」
まだ幼さが残っているような、可愛い声だった。
その人は中性的な姿をしていて、水色や白を基調とした柔らかなファッションが印象的だった。
そして隣に座っているこの女の子は、みゆ。絶対に、私の親友だ。
「君、このところ毎日来てるじゃん。みゆ困ってたよ」
「そんな、私のことで…?」
「それはそうでしょ。ボクだって毎日知らない人に話しかけられたら大変だもん」
あ、でも知らないわけじゃないか、と、可愛い声の人は呟いた。
一瞬だけ、思考が停止した。
知らないわけじゃ、ない?
思わず私はみゆの方を見てみる。みゆは、可愛い声の人を驚くように見つめていた。
「ゆのあ、それは言うな、って…!」
そう言って、みゆが慌ててこちらを見る。しかし、すぐに俯く。
私の中では、ほんの少しの希望と絶望が、共存していた。
本当に、みゆなの?
「君さ、本当に、本当に…」
みゆが口を開く。
「本当に、何!?毎日話しかけに来て、こっちの事情は何も考えてないで…。もう来ないでって、私何回言ったと思ってるの…?」
みゆがここまで感情をむき出しにして怒る姿を、私は初めて見た。
いや、怒るというより、悔しがっている、というか。
「私はね、嫌なんだよ。ここの人たちが増えることなんて、一番嫌。なのにお前は、何回もここに来て…!」
「違う!」
私は、大きな声で、みゆの言葉を遮った。
「もう私には会わないで、なんて、みゆは一度も言ってないじゃん」
胸の中で僅かな痛みが走る。みゆをこんな顔にさせているのは、私のせいだと。
しかし、決めたからには、やらなければならない。
「ねぇ、あなた、みゆなんだよね。私を知ってるんだよね」
今度は、みゆの言葉が止まる番だった。
自分の心の深いところが、じんわりと熱を持ち始める。
「私だってあなたを知ってる。最初から、確信が持てたわけじゃないけど…」
みゆがぎゅっと自分の手を握るのが見えた。
「私に何か言うとき、いつも一瞬、苦しそうな顔をする。本当に私がここに来てほしくなければ、手段を選ばないような人なんて、ここにはたくさんいるよね。でも、みゆはそうじゃないじゃん」
自分でも驚くほど言葉が次々と出てくる。
なんだか泣きたいような。怒りたいような。
どうして知らないふりをするのか、とか、どうしてここに来てしまったのか、とか、訊きたいことなんて山ほどある。
それをずっとこらえてきたからなのか、自分の感情の疾走が止まらなかった。
「どこかに絶対、あの頃から変わらない優しさがあるって、見てたらわかるよ」
みゆが立ち上がる。どこかに行こうとする。
私は手を伸ばして、みゆの腕を掴む。力強く振り払われる。
ごめん。みゆ。
私は、あなたの本当の名前を知っているから。
「…池野(いけの)みゆちゃん!」
みゆの名前を、力いっぱい叫んだ。
ざわめきが消える。静かな夜が覆いかぶさる。
みゆの動きが、ピタリと止まる。しばらく背を向けていたみゆが、私のほうへ、ゆっくりと振り返る。
優しく微笑んだ、あの頃のみゆだった。
「…それはずるいよ」
それはそっと、私に語りかけるようだった。
藤本(ふじもと)さなちゃん」
私は、思わず口元に手をあてる。
「本当に、覚えて、くれてたの…?」
目頭が熱くなる。周りの騒々しさなんて、気にならなかった。
女の子がみゆだということはわかっていたはずなのに、驚きと安堵がこみあげてくる。
「…ちょっと、来て」
みゆが私の手を取って、私はみゆと共に、どこかへ駆けていった。