晨星、黎明に駆けて

あれから時がたち、高校三年生の、春。
春というにはまだ早いが、こごえるように冷えた空気の中、あたたかな風が乗ってくるような日。
私は今日、高校を卒業した。
卒業式の最中、私は必死にこらえていたが、やはり涙を流してしまった。
優しい友達との別れ。もう同じ場所で、同じ人たちで過ごすことはできないんだと感じると、とたんに悲しさが募った。
一緒に勉強だけでなく、色々な行事も楽しんで、全部頑張りきった。
巣立つ悲しさを胸にしながら、私は前を向く。
私には今日という日に、もう一つの大切な予定が待っているから。
私は成長したんだ。それを見せるのだ。
ずっと会いたかった、あの人たちに。
電車に乗る。参考書は読まず、大切に大切に、卒業証書が入ったケースを握りしめる。
いつもより一駅手前で降りる。
私は星霜ビルの裏の広場に向かって、走り出した。
喉に冷たい空気が突き刺さるようで痛い。しかし、そんなことは関係なく走る。
一人の人影が、見える。
「…みゆ!」
私は大きな声でそう呼んだ。
雲の間から光が差し込み、一気に周りが明るくなる。
久しぶりに会ったみゆの表情は、驚きと嬉しさに満ちた、抱きしめたくなるようなほど愛しいものだった。
「さな!」
明るい声が私を呼ぶ。
私たちは、あの秋以来の再会を果たした。
お互い手を握って、嬉しさと興奮でそれをぶんぶんと上下させる。腕がとれちゃうよ、と私が言うと、みゆは
「だって嬉しいんだもん」
と答えた。
あれ、みゆ、会ってない間に素直になった?
そんなこと言ったら怒られてしまいそうだったから、代わりに私は大きく笑った。
私だって、嬉しいのは一緒だよ。
久しぶりだね、と言い合ってから、私は息切れしつつもみゆに話をした。
「約束、本当に覚えててくれたんだね…!嬉しい…!」
「こっちの方こそ!ずっと待ってたんだから」
再会できた嬉しさと感謝でいっぱいで、私たちはしばらくそのままだった。
少ししてようやく落ち着き、あの頃と変わらない場所に座って話し始めた。
みゆは変わらずこつこつとほしかげ界隈の支援を続けているようで、危ないこと目当てでここへ来る人を減らすことができているのだという。
また、ゆのあくんとるのあちゃんは通信制高校に通うようになり、そこで勉強以外にもイラストを学び始めたのだとか。
「最近は近くの飲食店にポスターを貼ってくださいって直談判しに行くこともあるよ。ゆのあとるのあが絵を描いてんの。後で見てみて」
みゆが言うには、やはりみゆ一人で何もかもをしようとするのは難しく、色々な人に協力してもらっているのだという。
それは信頼のおけるみゆだからこそできることであると、私は思った。
協力してくれる人のおかげで、段々とほしかげ界隈の治安を取り戻せている。みゆはそう笑顔で言った。
ここまでみゆが頑張って行動しているとは、私の想像を遥かに超えていた。
そんなみゆに置いて行かれるまいと思った私は、じっとみゆを見つめて、
「私、ちゃんと夢持ってきたよ。やりたいことが見つかったの」
と言った。
あれからずっと考えて、本当に自分のしたいことは何かを見つけた。
「私は、ほしかげ界隈の本当の姿をもっと色々な人に知ってもらいたい。そして、一緒に支えていきたい」
みゆが頷く。その動作さえも、私の自信につながる。
「ほしかげ界隈の良さを守って、もっとたくさんの人に頼ってもらえるようなあたたかい空間をつくる。こういう取り組みをする団体を、みゆと立ち上げたいの」
…やっと、言えた。
これを言ってからが私たちのスタートだと思って、今まで頑張ってきたのだ。
大学では社会科学を中心に学ぶ。経済学部を専攻したが、そのほかにもたくさんの人々と関わる上で心理学も勉強したいと思っている。
こんな風に進路を決めることができるようになるだなんて、あの頃は思ってもみなかった。
みゆはしばらく驚いて、そして笑顔で口を開けた。
「それ、あたしも思ってた!っていうか、もう勝手にその準備してて…」
「えっ!?どういうこと…!?」
少し恥ずかしそうに、みゆが続ける。
「ひかげくんやかかしくんのツテがありまして、その星霜ビルを再開発して、そこに色々な施設を作るのはどうかという話が…」
「えー!?それすごくない!?」
ずっと会っていなかったはずなのに、同じようなことを考えているだなんて。
しばらくその話で盛り上がり、まだ確実ではないはずなのに、どんどんと湧き出るアイデアを共有するのが楽しかった。
空が茜色になり始めた頃、私のスマホに電話がかかってきた。
お母さんからの電話で、私はもう帰らなければならないものだと思っていた。しかし。
『せっかく会えたんだもの、もう少し話してきたら?明日は用事がなくても、またすぐに忙しくなっちゃうんだし』
そのかわり自分で責任はとってね、と言われ、私は驚いて固まってしまった。
「あ、明るくなるまでここにいてもいいの!?」
『自分で考えて、いいならいいんじゃない?お母さんはあんまりおすすめしないけどね』
そう言われた瞬間、私は大人になったのだと思った。
これから私は自分で考えて判断するんだ。失敗しながらでも、そうやっていくのだ。
「じゃあ、明るくなるまでには帰る…!」
それまでには必ず帰ってくるんだよ。大体の時刻を決めて伝えると、お母さんにそう言われて、電話は切れた。

その後は、久しぶりにほしかげ界隈のみんなと会って、たくさん話をした。
ゆのあくんやるのあちゃんはあまり変わっていなくて、でも話し方が大人びたように思えた。
ひかげくんとかかしくんは自立した立派な大人になったような感じで、頼りがいが増していた。
他のみんなも元気で、笑顔がより生き生きと見えた。
そうだ。これが、ほしかげ界隈だ。
苦しさを分け合って、みんなで寄り添い合って、進んでいく。
壁にぶつかっても、みんなと一緒ならくじけない。
「自分」を見つけたからには、もう「普通」の道のとおりに歩く必要なんてなくて。
夜明けに向かって、暗闇から眩しいほどの勇気を灯して走る人たちがいる。
かっこよくて、優しくて、そして誰よりもあたたかい。
同じ痛みを知っているからこそ、一番気持ちをわかってくれる。共にわかり合うことができる。
なんて素敵な居場所なんだろう。
夜が深くなっていく。私たちの話は尽きない。
そして、やがて空の色は底の見えないような果てしない黒から、優しくきらめく薄い青へと変わっていった。
私はみゆと二人で話していた。
小さい頃から、今までのこと。そして、これからのことまで。
もうすぐ夜明けだ。
「…私たちは、私たちの生き方で進もう。『普通』の生き方なんてどこにもないんだから」
私はそう言って、空を見上げた。
青色に混じってピンク色も見える。ちらちらと白色の星が輝く。
宝石箱のように尊い星空だ。
「一緒に、どこまでも行こうよ」
みゆの力強い声は、私の宇宙にどこまでも響いた。
私たちは、こんな空のように曖昧でいい。
大切なものを見失いそうな暗闇の中を耐えて、ようやく見つけた光に向かって歩いている。
ずっと消えない痛みを背負っているのは変わりない。その痛みを急に思い出して、夜が怖くなる日もある。
それでも、隣で一緒に進もうとする仲間たちがいる。
たとえそばにいなくても、一度感じたぬくもりがなくなることはない。それはずっと、私たちの心を照らし続けてくれる魔法だ。
そのあたたかさがあるから、進める。
「自分」をもう一度見つけて、大切にできる。
「晨星(しんせい)」という言葉がある。
その言葉は、明け方の空に残る星のことを指す。
それって、私たちみたいだと思う。
とても強い光を発しているわけではない。特別綺麗なわけでもない。一つひとつが集まっているわけでもない。
それでも、夜中から明け方まで、ずっと僅かな光を放ちながら、懸命に輝いている。
同じ空という場所で、夜明けに向かっているのだ。
がむしゃらに、自分の道を走っているのだ。
これは「普通」にとらわれた物語じゃない。
「自分」の人生だ。
私は微笑んで、みゆの方を見た。
みゆもまた、未来へ微笑んでいる。
さあ、もうすぐ太陽がこの世を照らし始める。
太陽の光に負けたって、見えなくなったって、ずっと進んでいるんだ。夜空に輝いていた星々は。
大きく深呼吸をする。冷たい空気さえ心地いい。
私たちは、暗闇から夜明けに向かって駆けていく。
晨星よ。この美しい黎明に、いつまでも光り輝け。