晨星、黎明に駆けて

「俺、コンビニで何か買ってくるよ。二人で喋ってて」
そう言ってかかしくんが立ち上がり、あたしとひかげくん二人だけになった。
ひかげくんは自分から話しかけてこない。あたしが吐き出したい不安があるとわかって、きっとそれを待ってくれている。
「…あたしが何かあったってわかって、話しかけてくれたんですよね」
そう言うと、ひかげくんは天を仰いだ。
「まあね。ずっと同じ場所にいれば、それくらいわかるよ」
…やっぱり、本当にあたしのお兄さんみたい。
そんなわけないと思っても、ひかげくんとかかしくんは、さなともまた違う優しさを纏っている。
寄りかかりたくなるような、そんな優しさ。
ずっと敬語じゃなくてもいいよ。そういった雰囲気も持っている。
だから心地よくて、色々なことが話せる。
「昼間、さなから突然連絡が来て。学校のみんなにさながここへ来てることがばれちゃったって言って。あたしはやっぱそうなったかって思ったけど、さなは泣いてた」
ひかげくんは驚いた表情を浮かべ、その後目を伏せた。
「それで学校からも色々注意をされたみたいで、でもそれがまだ詳しくわかってないんです。だから、連絡を待つことしかできない」
あたしは現時点でさなから伝えられたことをひかげくんにも話した。
もうあたしたちには会えなくなるのかもしれないということ。それが一番大きな心配である。
「…あたし、さながいたから自信が持ててたのかもしれないの。でもわかんない。しばらく会えないってなると、自分の弱いところが出てくる気がして、嫌だ」
あたしは俯いた。自分の弱音を吐いたり、本心を隠そうとするときにする癖だ。
どうせ、それだってひかげくんにはばれている。
少しの沈黙の末、ふふ、と、穏やかな笑い声が聞こえた。
「やっぱりみゆは、まだまだ子供」
「…え?そんな、そんなわけないじゃん」
あたしはそう反論したけれど、もう取り返しはつかなかった。
ひかげくんのような人から言われてしまう言葉は、どうしても飲み込むだけになってしまう。
ひかげくんはあたしの肩をぽんと優しく叩いた。
「絶対大丈夫でしょ。だって、あのさなちゃんだよ?考えてみな」
あたしは思い返した。さなの今までの行動。
どこまでもまっすぐで、明るくて、素直で。
笑うときは大きな笑顔を浮かべるし、怒るときはまるで自分にも言い聞かせているかのように真剣になる。
悲しいときは隠さず泣くし、その涙で成長しようとする子だ。
小さい頃から動物が大好きだったさなは、あたしに初めて手に残るぬくもりを教えてくれた。
そして大きくなって再会してからも、あたしに色々なことを教えてくれた。
さなは良い意味で、ずっと変わっていない。
あたしは何度もあの子のまっすぐさに背中を押されてきた。
何度も壁にぶつかって、どうすればいいかわからなくなったときも。
過去の苦い出来事を思い出して、どうしようもないつらさを抱え込むときも。
隣にいてくれるだけで、あたしはぐっと足に力を入れて、踏ん張れた。
育ってきた環境は似たようで違く、今の状況でさえ全く異なるあたしたち。
それなのに、抱えてきた想いは誰よりも大きく、強く、そして同じだ。
「あの子なら、みゆを助けようとしたときみたいに、また何としてでもみゆのもとへ来ようとするんじゃない?」
そうだ。きっと、そうに違いないじゃないか。
あたしはさなの理解者だったはずだ。それなのに、そんなことも忘れるくらい自分の感情に振り回されてたの?
それは確かに子供かも。
さなはどれだけ悩んで時間がかかろうとも、やると決めたことはやり通す。
あたしたちの関係は、インターネットと現実世界の境界で起こったことなんかで踏みにじられるようなものではない。
きっとさなは、あたしが言ったことを考えて動いている。今この瞬間も、あたしの想い、いや、あたしたちほしかげ界隈の想いと共に行動している。
それならいくらでも待つよ、さな。
「…確かに、そうかもしれない。さなはそういう子だもん」
「でしょ?俺はそう思うよ。かかしだってそう思うはず」
うん、とあたしは頷いた。今は待つことしかできないんじゃなくて、待つことが正解なのだろう。
あたしは不器用だから、気がつけなかった。
「やっぱりお兄さんを頼るべきだね」
どこか恥ずかしくて、直接ありがとうとは言えなかったけれど。
これが感謝として伝わっていることを願って、あたしは笑った。
「そうだよ、俺らは頼られるためにここにいるんだから。頼られてばっかりも疲れるものなんだよ」
「じゃあ、ひかげくんとかかしくんは頼られてばっかりで大丈夫なの?」
ひかげくんは大切そうに、ライターで煙草に火をつけた。
「俺らはこうやって話ができればそれでいいの」
うおー、かっこいい。
なんだかそれを言ってしまうのはもったいない気がして、あたしはそのまま微笑んでひかげくんを見ていた。
しばらくすると、かかしくんが戻ってきた。
「あ、かかし。みゆは俺と話して元気になったのでもう大丈夫です」
「は!?じゃあ俺のコンビニで色々選んでた労力は何だったんだよ」
冗談だよ、と言うひかげくん。この二人、死ぬまでずっとこうやって仲良くやってそう…。
でも、あたしはこの雰囲気が好き。
「アイス買ってきた。何味がいい?バニラかチョコかいちご」
ビニール袋を漁りながら、かかしくんがあたしに話しかける。
「あたしが最初に決めていいの?」
「そのためにお前の目の前に来て言ってんだけど」
あたしは目をぱちぱちとさせてから、ふっと笑った。
あたしは不器用な優しさを知っている。かかしくんはこういう優しさがある人だ。
「…そっか。優しいね、お兄さんたちは」
そんなあたしの小さな言葉が、かかしくんに届いていたかはわからない。さっきの言い方ちょっと怖くなかった?というひかげくんに、俺はひかげに冗談言われてからずっと腹立ってんだよ、とかかしくんが反発した。
いい大人選手権が始まったぞ、これ。
あたしはかかしくんのお言葉に甘えて、
「じゃあチョコで」
と言った。
「容赦ねーなー…、とか言って油断させておいて、はい俺バニラー」
「え、なんで俺には選択肢ないの?」
「ひかげと俺は早い者勝ち」
そんなルールあったっけ?とひかげくんが首を傾げる。
この場合だったらみゆに一番先に決めてもらうのが当たり前だろ、というかかしくん。
それはそうでも俺ら二人は早い者勝ちなんだね、と最終的には受け入れるひかげくんが面白くて、あたしは一人で笑ってしまった。
三人で、涼しい夜にアイスを食べる。
もう冬に近づいてきているというのにアイスを買ってくるところがかかしくんらしいなと思った。
「一番いちごが似合わないやつがいちごになったな」
「俺、いちごが似合う人でありたい」
かかしくんがニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「じゃあまずはその真っ黒な服装と煙草から変えていきましょうねー」
「やっぱりなんでもないです、自力でなんとかします」
こうなると思った。ひかげくんとかかしくんは、二人とも波長が違うように見えてとてもよく似ているのだろうとわかる。
気がつけばたくさん笑っていて、アイスも食べ終わっていて。
心の中に渦巻いていた不安が和らいでいくのを感じた。
しばらく話しているうちに、あ、とひかげくんがあたしの後ろを指差した。
その先には走ってくる二つの人影が見えた。ゆのあとるのあだろうか。
「ようやく来たみたいだね。話してらっしゃい」
ひかげくんはそう言って、もうあたしに手を振っている。
「またな」
かかしくんもそうとだけ言ってくれた。
あたしは何といえばいいか迷ったが、今日くらいはいいやと思って、
「ありがとう、楽しかった。また一緒に話してください」
と言った。
ひかげくんとかかしくんを背にして、あたしもゆのあとるのあの方に駆けていく。
自然と笑顔になれるような、心地のいい夜が輝いていた。