晨星、黎明に駆けて

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さなから電話がかかってきたのは、太陽が明るく照り輝くような真昼間だった。
普段耳にしない電子音が鳴り響いて、布団に潜り込んでいたあたしは飛び起きた。
その瞬間からずっと嫌な予感がしていたのは確かだ。しかし、さなが泣きながら電話をかけてきたのは想定外だった。
そこで私は一つだけ噓をついた。るのあから連絡がきたのは、電話がかかってくる直前じゃない。さながまだ眠っているような真夜中だ。
あたしは今日という日に何度イレギュラーを感じたことか。
るのあから自白され、さなが泣きながら電話をかけてきて…。
しかし、さなの話を聞く限り、ある意味忙しいこんな日も当分やってこないことだろうと思う。
いずれこうなることはなんとなく予想していた。いくらあたしとさなの仲が良くたって、「ほしかげ界隈」と「高校生」という違う世界を生きていることは確かだったから。
どこかで世界のズレが生じて、そのノイズが収まるまで待つだなんてことはこんなあたしでも想像できた。
想像できたからといって、後悔を生まないように動くことはできなかった。
というか、さなの電話が来てからもあたしはずっとその事実を信じられていない。
こんな急に関係が断たれるなんてこと、ある?
あたしたち、せっかく繋がったんじゃないの?絶対に何か意味があってまたこうして出会えたんじゃないの?
そんなの、まだちょっとしか見つけられてない。
…いや、あたしがそう思っちゃうだけか。
今日はバイトもないし授業もない。何かで気を紛らわせたい日に限って、何もないとかどうかしてると思う。
あたしはさなの声を聞いてからずっと変わっていなかった視線を、天井から窓辺に移した。
青空を雲が移動しているのがよくわかる。鳥が鳴いて、太陽の光で羽をきらきらさせて飛んでいく。
眩しくて、あたしは目を細めた。昼間ってこんなに明るいんだっけ。あたしには合わないや。
ベッドから体をゆっくりと起こす。ぐーっと伸びをする。
誰が見るでもないのに前髪を整えたくなって、それが大人になっていくあたしを感じさせるようで嫌気がさした。
意味もなくつけていたテレビ番組がちょうど切り替わる。お昼の合図だ。
あたしはごはんを食べようと歩き出した。あたしにとっては朝ごはん、社会にとっては昼ごはん。
うわ、最悪。カップラーメンないじゃん。お母さん買ってきてくれなかったんだ。
お母さんは長い髪の毛を垂れ流して、ソファーで寝ていた。
こういうだらしない大人にはなりたくない、って、毎日すごく思う。
嫌でもこうやって目に入る、良い例があるんでね。
それでもやはり親子というのは不思議で、いくらそう思っていても甘えたくなるときがあったり、似ている部分があったりする。
しょうがない、お昼は自分で作るか。
あたしはきっと、特技は何ですかと訊かれたらこう答えるだろう。
冷蔵庫に入っている食材を見た瞬間に、美味しいごはんを作ることができることです。
冷蔵庫を見てみると、意外と野菜がある。肉類はないが、厚揚げなら二つ買ってある。
これらを使って、ちゃちゃっと作ろ。
料理をしているときは、比較的集中できて無駄な考え事をしなくて済む。
あっという間に一品作ることができ、暇だったのでその後も奮発して三品作ったら冷蔵庫が空っぽになった。
さすがに二人じゃ食べきらない。夜にまわそう。
「お母さん、起きて」
「んー…?なに?」
「ごはんできたよ。今のうちに食べちゃえば?」
あたしはお母さんの顔をじっと見てみる。綺麗な顔だから、憎めない。
「…あぁ、もう少し寝てから。そしたら色々するから…」
色々するとか言って、何もできないで終わるくせに。
あたしはメモを残して、一人でテレビを見ながらごはんを食べた。
洗い物を済ませて、また窓から外を見た。
なんで今日、何も予定のない日にしちゃったんだろ。
今頃、世の高校生は授業なんだろうな。…さなも。
あたしもたまにはしっかり勉強しよう。それで何かして、散歩してそのまま広場に行けばいいや。
その「何かして」の「何か」が一番難しいんだけどな。
とりあえず、やるだけやってみるか。
あたしは机に座って問題集を手に取り、ノートに解き始めた。
なんだっけ。なんちゃらの作業興奮、みたいなのがあったような。その通り、やってみたら意外とサクサクできて楽しいかも。
さなのことをなるべく考えないようにしながら、あたしは連絡が来るまで時間を潰した。

結局、さなから連絡が来ないまま夕方になった。
散歩を終えてそのまま星霜ビルへ向かう。こまめにスマホをチェックしていたが、音沙汰は何も。
「やっほーみゆ」
「お疲れー。今日二時間勉強してからここ来たんだけど、めちゃめちゃ疲れちまった」
「何やってんの!?さなちゃんを見習ったのか~?」
「そんなところかな」
みんなと話していても、さなの話題になる。
あたしは最初、みんながこんなにもさなを早く受け入れるとは思ってもいなかった。
しかし、今ではさなのことを知らない人はいないし、みんな慕っている。
まるで、ずっとここにいたかのように。
それがいきなりなくなってしまうのか?そうなったら、あたしだけではなく、ここにいるみんなが悲しむことになる。
今のあたしには、さなからの連絡を待つことしかできない。
「え、マニキュアつけてんの?」
あたしの手を見て、友達がそう言った。
そうだ。あたしは今日、勉強が終わった後頭が空っぽになって、急にマニキュアを塗った。
あたしにも理由はわからないが、ただ指先にはきらんと優しく光るシルバーの輝きがあった。
「お母さんのやつ勝手につけてみた」
「なんだよそれ。珍しく昔のみゆみたいなことしてんね」
そこであたしは、はっとさせられた。
今あたしって、昔のあたしみたいなこと、してる?
いや、もうそんな子供じゃないし。何かを満たすために動いたわけでもないし。
それでも今、何かが足りない。
つい最近まであったものがなくなった。すぐ隣にあった、あの代えがたいぬくもりか?
もしかして、喪失感にかられてんの?あたし。
久しぶりにさなのあたたかみに触れて、あたしがどれだけそこに頼っていたかが痛いほどわかってしまった。
あたしって、本当はどっちなんだろ。大人なのか子供なのか。
しばらくみんなと話していると、段々と自分のことがわかってくる。
今弱くなったわけじゃない。さなといるとき、あたしは今までで一番自信があった。
信頼できる心が隣に在ったから。
それが突然いなくなってしまった感じがして、今までのあたしに戻ったんだ。きっと。
そうだよね。
そうやって問いかけてみても、自分の心からしか返事は返ってこない。
「みゆー」
突然、あたしを呼ぶ声がした。それは優しくて柔らかく、ひんやりとした声だった。
声のする方を見ると、そこにはひかげくんがいた。
「ゆのあとるのあが来るまで話そうよ」
…この人には、何でもお見通しだな。
きっとあたしが考え事をしてるってわかって、こう声をかけてくれたのだろう。
ひかげくんの後ろからは、かかしくんが顔を出した。今日はお酒を飲んでいない。
「いいんですか?話しても」
「もちろん。こっち来て」
あたしは一度みんなの輪から抜けて、二人のもとへ向かった。
スマホを見ても何もない。きっと二人と話しているうちに連絡が来て、ゆのあとるのあとも話ができるだろう。
そう信じて、あたしは夜と同化していった。
「ひかげくんもかかしくんも、ありがとうございます」
広場の端にあたしも座り、二人にそう言った。
ふ、と笑う二人を見て、大人なんだなあと思う。
「まだ何もしてないけどな」
かかしくんがそう言ってブラックコーヒーを飲んだ。この時間帯からブラックコーヒーだなんて、今夜は起きてる気満々なのだ。
今夜は月が出ていないので、かかしくんの髪の毛が妙に明るさを増して見えた。