「でもね、私はあなたに期待していますよ」
私は、ぱっと顔を上げた。
そこには校長先生の微笑んだ顔があった。
「私に、期待…?」
ぽっと胸に明かりが灯るような感覚がした。しかし、その明かりはすぐに弱くなっていった。
「…私は、ようやく自分なりに考えることができるようになったばかりなんです。ほしかげ界隈について知って、何か自分にできることはないかと思っただけで、まだ何も」
私はまだ進んでいる段階だ。いや、もしかしたらまだ進む準備をしているくらいかもしれない。
ようやく芽吹きそうな未来を、大切にしたいと感じているだけ。
今は「こうしたい」「こうなりたい」という感情に身を任せていて、現実的なことを考えれば、難しいものだって山ほど出てくるような段階である。
それで期待されてしまうのは、まだ足りない部分がたくさんある気がして少し自信がない。
「それに、私よりももっとすごいのは、今までずっとあの中で頑張ってきた幼馴染です。それに感化されて動こうと思えたので、私自身はまだまだ未熟です」
夢を語るのは自由だが、それを実現するとなると大きなリスクも生じるだろう。
それを気にすることなく、既に実行しているみゆの方がよっぽどすごい。
私はその姿を間近で見てきただけ。間近で見てきたからこそ、隣で一緒に頑張りたいと思えただけだ。
「それでもいいのよ」
そんな私の謙虚な様子を見て、校長先生はまた微笑んだ。
そこまで思い悩む必要なんてないのに、というような表情だった。
さらに背中を押されたような気がして、また言葉が出てこなくなってしまう。
これでいい。そうやって言ってもらえるだけで、「期待」という言葉の重みが心地よくなった。
校長先生とは血のつながりなんてないのに、まるで家族のようなあたたかみを感じる。
こういうあたたかさがどれだけ嬉しくて、優しいものか私はよくわかる。
「あなたの考えは決して間違いではない。むしろ、全校生徒が見習うべき素晴らしい姿勢であると感じます」
そんな、ととっさに言ったけれど、校長先生はゆっくり首を横に振った。
「ほしかげ界隈が抱えるもののように、若者についての問題が色濃くなっているのは確かです。いずれ解決しなければならない明確な課題」
真剣な表情から、校長先生もほしかげ界隈のような集団が抱える悩みについて考えているのだとわかる。
子供と関わる仕事上、そういったニュースや事件には敏感になる必要がある。
それでもなかなか解決策を見出せずにいるのが、今の世の中であると思う。
「それに立ち向かおうとすることは、簡単なことではありませんよ。何より、あなたはもうずっと頑張っているじゃない」
校長先生の言葉が、心にじんわりと染み込んでいくのを感じた。
力強い笑顔を前にして、私は泣きそうになるのを必死に我慢した。
私、今日一度泣いてるからこんなんになっちゃったのかな。
そうじゃない。そうじゃない、よね。
言ってもらいたかったけど心に閉じ込めてた言葉を、言ってもらえたからだ。
校長先生と話をしたことなんてなかった。集会や行事のときに話を聞いたり、たまに校舎ですれ違って挨拶をするくらいだった。
そんな人でさえも、私の想いをわかってくれた。
そして、ほしかげ界隈のことも、考えていてくれた。
「今の想いを大切にしてね。それがあなたを動かしてくれるからね」
「ありがとうございます。頑張ります…!」
私はそう言って、何度も頭を下げた。
ほしかげ界隈と関われるのは、まだもう少し先のことになってしまったけれど。
私たちの想いを受け取って、共に歩もうとしてくれる人たちはたくさんいるのかもしれないよ。みゆ。
そんなことを考えながら、私は校長室を後にした。
「さな、一体これはどういうことなのよ!」
家に帰ると、そんな声と共にお母さんが駆け寄ってきた。手にはスマホを持っている。
「え、な、何!?」
「ほしかげ界隈と何かトラブルがあったんでしょう…!?どういうことなのか話しなさい」
ほわほわした気持ちで電車に乗っていた私は、一気に現実に引き戻されたような感覚になった。
まずい。私、お母さんたちにあの投稿のことを言ってなかったんだ。
部屋の奥のほうで、お父さんが電話している声が聞こえる。もしかして、学校から直接連絡がきたのだろうか。
それも無理はないか、と私はぐったりする。全校生徒を巻き込むことになってしまったのだから。
今更説教から逃れることはできないな、と観念した私は、手洗いうがいを済ませた後、すぐにお母さんと向き合って座った。
そして、投稿のこと、それを受けて学校で行われた対応など、お母さんに詳しく話をした。
「…流れはわかった。でも、どうしてこの間の段階でわかっていたのに相談してくれなかったのよ」
私は少しの間、黙り込んでしまった。
ようやく考えた末に出てきた言葉は、
「余計な心配をかけさせたくなかったの」
という、いくらでも反論がきくような幼稚なものだった。
こういうとき、本当は色々考えて下したはずの決断が薄っぺらく見えてしまうのはどうしてなのだろう。
お母さんはため息をついて、私を真っ直ぐ見た。
「相談してくれたらこんな大事にならずに済んだかもしれないでしょ?心配させるからとか考えなくていいのよ」
「わかってるよ、わかってるけど…」
私はまた言葉が詰まる。お母さんは続きを待ってくれるけれど、私はもう反論する余地が残っていないから、「けど」で結局終わってしまう。
「みゆちゃんには、そのことを伝えてあるの?」
脳内にみゆの顔が浮かぶ。確かに、今日中に連絡しないと。クラスのみんなに話してから、みゆには何も言えていない。
「伝えてはあるけどまだちゃんと話せてなくて…」
私はそう言ってから時計を見た。なんだ、まだ帰ってきてから一時間経ってもいなかったのか。
今夜だけは、時間の流れが遅い。
「ちなみに、何のためにほしかげ界隈に行くことになったんだっけ」
「それは私がみゆを支えるためだよ。…支えていくうちに色んな人と出会って、ほしかげ界隈の抱える悩みをどうにかしないとって思えるようになった」
うーん…と、お母さんが唸る。
どうやらお母さんにも私の変化が伝わっていたらしい。ほしかげ界隈と関わったことで得た考えも、わかっていたようだ。
「でも、こんなことになったら元も子もないじゃない。せっかく頑張ろうと思えたのに…」
「お母さん、そこまでにしてやろう」
顔を上げれば、そこにはお父さんがいた。
もう電話は切れているようで、お父さんは椅子にゆっくりと腰を掛けた。
お父さんは、学校から連絡されたことを一通り言い、「これでいいね?」と確認をしてくれた。
私にとってお父さんは、いつだって温厚な救世主だ。
「さなはほしかげ界隈のことを知って、実際の様子を見たことで進路につながる考えを得られたんだろう?」
「うん。…みゆと再会してなければ、進路のことなんかこんな風に良く捉えられてなかったと思う」
お母さんがそれを聞いて微笑むのがわかった。
久しぶりに家族でゆっくりと話せて、なんだか不思議な感じがして、心地よかった。
「学校の先生も言ってたよ。さなが前向きに進もうとしているのがわかるって」
そんなこと言ってくれたの?とお母さんが驚く。よかったね、と優しい笑顔でこちらを向いた。
親って、すごいな。さっきまで厳しくしていたのに、私の様子を見て、ちゃんと気持ちをわかってくれる。
「ルールは守りなさい。その中でさなが思う道をそのまま進めばいい。お父さんはそう思う」
お父さんも笑顔になった。私も笑顔になりそうだったけれど、少し恥ずかしくて、真剣な表情をした。
「お母さんもそう思う。私たちはいつだって応援してるんだから、何でも言って!」
「…うん。ありがとう。ちゃんとみゆにも言って、自分でどうするか考えてみる」
私はそう言って、自分の部屋に戻った。
まずはみゆに連絡しよう。それから、今日は早く寝ることにしよう。
カーテンを少しめくって、夜空を見上げる。
月は見えない。そのかわり、星がまばらに輝いている。
いつ見ても、夜空は優しい光で私たちを照らしてくれている。
綺麗で美しい、星の輝く夜空。
みゆ。お願いだから、もう少し待ってて。
今度会いに行くときには、大きな夢も一緒に持っていくから。
私は、ぱっと顔を上げた。
そこには校長先生の微笑んだ顔があった。
「私に、期待…?」
ぽっと胸に明かりが灯るような感覚がした。しかし、その明かりはすぐに弱くなっていった。
「…私は、ようやく自分なりに考えることができるようになったばかりなんです。ほしかげ界隈について知って、何か自分にできることはないかと思っただけで、まだ何も」
私はまだ進んでいる段階だ。いや、もしかしたらまだ進む準備をしているくらいかもしれない。
ようやく芽吹きそうな未来を、大切にしたいと感じているだけ。
今は「こうしたい」「こうなりたい」という感情に身を任せていて、現実的なことを考えれば、難しいものだって山ほど出てくるような段階である。
それで期待されてしまうのは、まだ足りない部分がたくさんある気がして少し自信がない。
「それに、私よりももっとすごいのは、今までずっとあの中で頑張ってきた幼馴染です。それに感化されて動こうと思えたので、私自身はまだまだ未熟です」
夢を語るのは自由だが、それを実現するとなると大きなリスクも生じるだろう。
それを気にすることなく、既に実行しているみゆの方がよっぽどすごい。
私はその姿を間近で見てきただけ。間近で見てきたからこそ、隣で一緒に頑張りたいと思えただけだ。
「それでもいいのよ」
そんな私の謙虚な様子を見て、校長先生はまた微笑んだ。
そこまで思い悩む必要なんてないのに、というような表情だった。
さらに背中を押されたような気がして、また言葉が出てこなくなってしまう。
これでいい。そうやって言ってもらえるだけで、「期待」という言葉の重みが心地よくなった。
校長先生とは血のつながりなんてないのに、まるで家族のようなあたたかみを感じる。
こういうあたたかさがどれだけ嬉しくて、優しいものか私はよくわかる。
「あなたの考えは決して間違いではない。むしろ、全校生徒が見習うべき素晴らしい姿勢であると感じます」
そんな、ととっさに言ったけれど、校長先生はゆっくり首を横に振った。
「ほしかげ界隈が抱えるもののように、若者についての問題が色濃くなっているのは確かです。いずれ解決しなければならない明確な課題」
真剣な表情から、校長先生もほしかげ界隈のような集団が抱える悩みについて考えているのだとわかる。
子供と関わる仕事上、そういったニュースや事件には敏感になる必要がある。
それでもなかなか解決策を見出せずにいるのが、今の世の中であると思う。
「それに立ち向かおうとすることは、簡単なことではありませんよ。何より、あなたはもうずっと頑張っているじゃない」
校長先生の言葉が、心にじんわりと染み込んでいくのを感じた。
力強い笑顔を前にして、私は泣きそうになるのを必死に我慢した。
私、今日一度泣いてるからこんなんになっちゃったのかな。
そうじゃない。そうじゃない、よね。
言ってもらいたかったけど心に閉じ込めてた言葉を、言ってもらえたからだ。
校長先生と話をしたことなんてなかった。集会や行事のときに話を聞いたり、たまに校舎ですれ違って挨拶をするくらいだった。
そんな人でさえも、私の想いをわかってくれた。
そして、ほしかげ界隈のことも、考えていてくれた。
「今の想いを大切にしてね。それがあなたを動かしてくれるからね」
「ありがとうございます。頑張ります…!」
私はそう言って、何度も頭を下げた。
ほしかげ界隈と関われるのは、まだもう少し先のことになってしまったけれど。
私たちの想いを受け取って、共に歩もうとしてくれる人たちはたくさんいるのかもしれないよ。みゆ。
そんなことを考えながら、私は校長室を後にした。
「さな、一体これはどういうことなのよ!」
家に帰ると、そんな声と共にお母さんが駆け寄ってきた。手にはスマホを持っている。
「え、な、何!?」
「ほしかげ界隈と何かトラブルがあったんでしょう…!?どういうことなのか話しなさい」
ほわほわした気持ちで電車に乗っていた私は、一気に現実に引き戻されたような感覚になった。
まずい。私、お母さんたちにあの投稿のことを言ってなかったんだ。
部屋の奥のほうで、お父さんが電話している声が聞こえる。もしかして、学校から直接連絡がきたのだろうか。
それも無理はないか、と私はぐったりする。全校生徒を巻き込むことになってしまったのだから。
今更説教から逃れることはできないな、と観念した私は、手洗いうがいを済ませた後、すぐにお母さんと向き合って座った。
そして、投稿のこと、それを受けて学校で行われた対応など、お母さんに詳しく話をした。
「…流れはわかった。でも、どうしてこの間の段階でわかっていたのに相談してくれなかったのよ」
私は少しの間、黙り込んでしまった。
ようやく考えた末に出てきた言葉は、
「余計な心配をかけさせたくなかったの」
という、いくらでも反論がきくような幼稚なものだった。
こういうとき、本当は色々考えて下したはずの決断が薄っぺらく見えてしまうのはどうしてなのだろう。
お母さんはため息をついて、私を真っ直ぐ見た。
「相談してくれたらこんな大事にならずに済んだかもしれないでしょ?心配させるからとか考えなくていいのよ」
「わかってるよ、わかってるけど…」
私はまた言葉が詰まる。お母さんは続きを待ってくれるけれど、私はもう反論する余地が残っていないから、「けど」で結局終わってしまう。
「みゆちゃんには、そのことを伝えてあるの?」
脳内にみゆの顔が浮かぶ。確かに、今日中に連絡しないと。クラスのみんなに話してから、みゆには何も言えていない。
「伝えてはあるけどまだちゃんと話せてなくて…」
私はそう言ってから時計を見た。なんだ、まだ帰ってきてから一時間経ってもいなかったのか。
今夜だけは、時間の流れが遅い。
「ちなみに、何のためにほしかげ界隈に行くことになったんだっけ」
「それは私がみゆを支えるためだよ。…支えていくうちに色んな人と出会って、ほしかげ界隈の抱える悩みをどうにかしないとって思えるようになった」
うーん…と、お母さんが唸る。
どうやらお母さんにも私の変化が伝わっていたらしい。ほしかげ界隈と関わったことで得た考えも、わかっていたようだ。
「でも、こんなことになったら元も子もないじゃない。せっかく頑張ろうと思えたのに…」
「お母さん、そこまでにしてやろう」
顔を上げれば、そこにはお父さんがいた。
もう電話は切れているようで、お父さんは椅子にゆっくりと腰を掛けた。
お父さんは、学校から連絡されたことを一通り言い、「これでいいね?」と確認をしてくれた。
私にとってお父さんは、いつだって温厚な救世主だ。
「さなはほしかげ界隈のことを知って、実際の様子を見たことで進路につながる考えを得られたんだろう?」
「うん。…みゆと再会してなければ、進路のことなんかこんな風に良く捉えられてなかったと思う」
お母さんがそれを聞いて微笑むのがわかった。
久しぶりに家族でゆっくりと話せて、なんだか不思議な感じがして、心地よかった。
「学校の先生も言ってたよ。さなが前向きに進もうとしているのがわかるって」
そんなこと言ってくれたの?とお母さんが驚く。よかったね、と優しい笑顔でこちらを向いた。
親って、すごいな。さっきまで厳しくしていたのに、私の様子を見て、ちゃんと気持ちをわかってくれる。
「ルールは守りなさい。その中でさなが思う道をそのまま進めばいい。お父さんはそう思う」
お父さんも笑顔になった。私も笑顔になりそうだったけれど、少し恥ずかしくて、真剣な表情をした。
「お母さんもそう思う。私たちはいつだって応援してるんだから、何でも言って!」
「…うん。ありがとう。ちゃんとみゆにも言って、自分でどうするか考えてみる」
私はそう言って、自分の部屋に戻った。
まずはみゆに連絡しよう。それから、今日は早く寝ることにしよう。
カーテンを少しめくって、夜空を見上げる。
月は見えない。そのかわり、星がまばらに輝いている。
いつ見ても、夜空は優しい光で私たちを照らしてくれている。
綺麗で美しい、星の輝く夜空。
みゆ。お願いだから、もう少し待ってて。
今度会いに行くときには、大きな夢も一緒に持っていくから。



