「…もう、いいよ」
穏やかに流れる小川の水のような、春の日のあたたかな風のような。
それほど穏やかなニアの声色は聞いたことがなくて、私は思わず硬直してしまう。
「ここに来るのは今日で最後にしようと思ってた。だからもう、いい」
「それって、どういうこと」
もういいって、何?突然突き放されたような感覚がして、不安が募る。
ニアはため息をついて天を仰いだ。ため息が妙に清々しく聞こえて、それが怖かった。
「やっぱ、あたしは暗いところにいるのが性に合うなー」
セリフを棒読みしたように、ニアはそう言った。
やはり、ほしかげ界隈に戻るつもりはないということだろうか。
あたしもニアと同じように夜空を見上げてみる。どこまでも続くような深い黒の中で、どこまでも届くような星の光があたしたちを見つめている。
「でも、みゆが楽しくやってそうだからこれでいっか。ってなったの」
「…なにそれ」
あたしたちのことを受け入れてくれたのか、ニアは頬杖をついて、ずっと空を眺めていた。
今まで散々あたしのことを否定してきたくせに。今日で最後だなんてことを言い訳にして逃げるのは、ずるいよ。
それでも、これがニアの思いやりなのだと思った。
「あたしはもう二度とここには来ない。みゆ、君とももう会うつもりはない」
あたしと会わなくなるということは、あたしのことを心配する必要がなくなったのだ。
それを止めるのは今更。既にあたしたちは、もう個として各々で生きている。二人で一つではない。
そんな思いを、そう、という小さな単語にのせて飛ばした。
「最後の夜くらいは、ここで過ごしたら?」
あたしはそう言ってみた。
「いや、いいよ。…そうやって先延ばしにしたくはないから」
断られることなんて、本当はわかっていたのだと思う。だからそんなニアらしい言葉を聞いたところで、痛くも痒くもなかった。
それでもあたしは言った。
友達一人を失う夜にぽっかりと空く空白を、少しでも埋めたかった。
その後のあたしたちの会話は、ほとんど沈黙だった。
しかし、その大嫌いだった沈黙は今日でさよならだと思うと、大嫌いだなんて気持ちはどこかへ消えた。
ニアが口を開く。
「あの子すごいね」
さなのことだろう。あの子、と言うのがニアらしいなと思う。
すごいでしょ。さなは、昔からそうだ。
自分が正しいと思うことは貫いて、どれだけ怖いものに立ち向かおうとも、その心が揺らぐことはなく。
仲間のためを思えば、どこまでもゆけるのだ。
「…本当、すごいよ」
あたしは微笑みながらそう言う。ニアの口から、こんな言葉が出るなんて。
ねぇ、ニア。
ずっと自分を忘れないでね。
別れの瞬間なんて、何らいつもと変わりなかった。これがあたしたちらしいなと感じる。
立ち上がる。涙なんか出ない。
あたしがずっと抱えてきたものが、小さな優しさに変わって。
心が澄んで、軽やかになった気がした。
穏やかに流れる小川の水のような、春の日のあたたかな風のような。
それほど穏やかなニアの声色は聞いたことがなくて、私は思わず硬直してしまう。
「ここに来るのは今日で最後にしようと思ってた。だからもう、いい」
「それって、どういうこと」
もういいって、何?突然突き放されたような感覚がして、不安が募る。
ニアはため息をついて天を仰いだ。ため息が妙に清々しく聞こえて、それが怖かった。
「やっぱ、あたしは暗いところにいるのが性に合うなー」
セリフを棒読みしたように、ニアはそう言った。
やはり、ほしかげ界隈に戻るつもりはないということだろうか。
あたしもニアと同じように夜空を見上げてみる。どこまでも続くような深い黒の中で、どこまでも届くような星の光があたしたちを見つめている。
「でも、みゆが楽しくやってそうだからこれでいっか。ってなったの」
「…なにそれ」
あたしたちのことを受け入れてくれたのか、ニアは頬杖をついて、ずっと空を眺めていた。
今まで散々あたしのことを否定してきたくせに。今日で最後だなんてことを言い訳にして逃げるのは、ずるいよ。
それでも、これがニアの思いやりなのだと思った。
「あたしはもう二度とここには来ない。みゆ、君とももう会うつもりはない」
あたしと会わなくなるということは、あたしのことを心配する必要がなくなったのだ。
それを止めるのは今更。既にあたしたちは、もう個として各々で生きている。二人で一つではない。
そんな思いを、そう、という小さな単語にのせて飛ばした。
「最後の夜くらいは、ここで過ごしたら?」
あたしはそう言ってみた。
「いや、いいよ。…そうやって先延ばしにしたくはないから」
断られることなんて、本当はわかっていたのだと思う。だからそんなニアらしい言葉を聞いたところで、痛くも痒くもなかった。
それでもあたしは言った。
友達一人を失う夜にぽっかりと空く空白を、少しでも埋めたかった。
その後のあたしたちの会話は、ほとんど沈黙だった。
しかし、その大嫌いだった沈黙は今日でさよならだと思うと、大嫌いだなんて気持ちはどこかへ消えた。
ニアが口を開く。
「あの子すごいね」
さなのことだろう。あの子、と言うのがニアらしいなと思う。
すごいでしょ。さなは、昔からそうだ。
自分が正しいと思うことは貫いて、どれだけ怖いものに立ち向かおうとも、その心が揺らぐことはなく。
仲間のためを思えば、どこまでもゆけるのだ。
「…本当、すごいよ」
あたしは微笑みながらそう言う。ニアの口から、こんな言葉が出るなんて。
ねぇ、ニア。
ずっと自分を忘れないでね。
別れの瞬間なんて、何らいつもと変わりなかった。これがあたしたちらしいなと感じる。
立ち上がる。涙なんか出ない。
あたしがずっと抱えてきたものが、小さな優しさに変わって。
心が澄んで、軽やかになった気がした。



