晨星、黎明に駆けて

私の言葉で、ニアちゃんの何かが変わるかはわからないけれど。
こう思っている人がいるということが届いてほしいと、願いを込めて。
「普通を目指すんじゃない。自分と向き合うことが一番大切なんじゃないのかな」
そう言った私に対して、ニアちゃんはずっと黙っていた。
俯いて、じっと考えを巡らせているような様子だった。
沈黙が流れる、そんな空気間の中。
突然、私のスマホがピピピピと音を鳴らした。
「あっ、やばい…!」
とっさに漏れた私の声は、酷く頼りなかったと思う。
まずい。もしも門限を忘れてしまった場合のためにセットしておいたタイマーが鳴っている。
セットしてある時刻は、八時ぴったり。急いで帰らなければ、またお母さんに…!
「今日はもう帰ります…!威勢よく話しちゃってごめんなさい…!ニアちゃん、またちゃんとゆっくり話そうね!」
本当、私ってだめすぎる…。
話に集中しすぎていたのだろう。時間を見ることをすっかり忘れていた。
こんなあっけなく別れちゃったら、ニアちゃんにどう思われるだろう。もう二度と話なんて聞いてもらえなくなっちゃうよね…。
駅まで猛ダッシュする私には、恥ずかしさと申し訳なさと焦りがついてきていた。


「…何だったの、あれ」
ニアの率直な言葉と、駆け足で駅へと向かうさなの後ろ姿を見て、あたしはふっと笑った。
「あれが、あたしの親友なんだよ」
少し濁りつつも爽やかな向かい風が吹いてくる。
長めのニアの前髪が揺れて、じっとさなのほうを見つめる目が見える。
それはきらきらと輝いていて、ニアはしばらく、さなの姿が見えなくなるまでそのままだった。
この子にとって、さなは刺激的な人だったのだと思う。
すぐムキになるわけでもなく、怒鳴るわけでもなく。
ただ、たくさん話を聞いて、それからそっと祈りを込めるように、言葉を落としていく。
反発ばかりされてきたニアにとって、そんなさなは極めて異質というか、そう見えたに違いない。
あたしも、ニアとさなは相性が悪く、すぐに喧嘩になってしまいそうな気がして、二人を会わせることは避けたかった。
しかし、さなはあたしが思っていたよりも賢かった。
ニアがどのような性格なのかを考えて、柔らかく接するようにしているのがわかった。
その上で、自分が伝えたいことははっきりと伝えていた。
あたしの中のさなは、小さい頃の記憶で止まっていたようだ。あの子はあたしなんかよりも、ずっと大人になっていた。
さなが力を貸してくれたならば、あたしもここで踏みとどまるわけにはいかない。
「ニア、これだけは言わせて」
あたしは口を開く。
「依存するっていうのは…。ときどき、相手を傷つけるものにもなる。でも、頼るっていうことは、誰も傷つけることなく、痛みを分かち合えるの」
周りのほしかげ界隈の子たちから、視線が集まっているように感じる。
それでもいい。今日だけはニアと、いや、あたしと向き合わせてほしい。
あたしは、ずっと前から口にできていなかったことを、吐き出した。
「ニアはずっと前から、普通に依存してる」
それで、ニアは自分の心を傷つけている。
ニアの目が見開くのがわかった。
あたしもだが、特にさなは散々この「普通」にとらわれ、苦しめられてきた。
いや、ここにいるみんながそうなのではないだろうか。
各々形は違えど、みんなが悩まされてきた言葉なのかもしれない。
あたしはニアを真っ直ぐ見つめながら続ける。
「ここは、頼ることができる場所。いくらでも頼っていい。…いつ手放してもいい」
ほんの少しだけ、心がぎゅっとなる。
「あたしは、ここを手放すことができた瞬間こそが、前へ進めた瞬間なんだと思ってる」
ここへ来て、仲間ができて、そんな人たちと話しているうちに。
心がほどけていって、本当の自分が見えてくる。
少しずつ、今いる場所から、先のほうで光る未来を信じて、歩みだしたくなる。
そして、みんなで一歩、どれだけ小さくても、踏み出せる。
「悪い大人なんか、腐るほどたくさん来るよ。でもそんなのに負けてどうすんの。ニア」
あたしは、ニアの肩を掴んで、力を込める。
「いい加減、あたしたちを頼って」
しんと広場が静まり返る。ひんやりと冷えた空気が頬をかすめる。
ニアはあたしに向かって微笑んだ。
驚いた。久しぶりの笑顔だったから。
あたしは衝動的に、ぱっとニアの肩から手を離す。ぬくもりが消える。
なんだろう。あたしのお母さんに似ていた。それで、一度手を離したくなってしまった。
いや、きっとそれだけじゃない。それでも、今の私にはその理由しか浮かばなかった。
ニアがゆっくりと口を開く。