晨星、黎明に駆けて

早朝の空は、私たちを体現したかのように、曖昧な色合いをしていた。
私は朝早くに目が覚めてから、ずっと昨日のことを思い返していた。
お母さんやお父さんにあんなことを話したら、怒られそうで仕方がなかったので、詳しくは秘密にしておいたのだけれど。
どうしても、みゆのことが気がかりなのだ。
みゆの顔を思い出すたびに、あの頃の記憶が次々に思い出されてくる。アルバムを開いたかのような感覚になる。
私は、里親の両親に育てられている。血の繋がった両親の顔はわからないし、覚えてもいない。どうして私を手放したのかも、わからない。
現在の両親と共に暮らし始めた場所は、とある団地だった。温かで、毎日がゆっくりと過ぎていくような、そんな団地だった。
そこに引っ越してきたのが、みゆだった。みゆは、私たちの部屋のすぐ近くに引っ越してきた。私が五歳ほどの頃だったか。
みゆは確かシングルマザーの家庭だったと思う。私と同い年で、趣味も合い、家族ぐるみで仲の良い親友だった。
しかし、私は小学四年生の夏、団地を離れ、家族三人で一軒家に暮らすこととなった。
それからは、みゆとの繋がりが途絶えてしまっていたのだ。
もちろん、引っ越して間もない頃は連絡を取り合っていたが、大きくなるにつれて疎遠になってしまった。
あんなに優しかったみゆが。笑顔が似合うみゆが。
本当に、ほしかげ界隈にいたとするならば。
「もう、なんで…」
ぽつりと、部屋の中に私の言葉が落ちる。
違うよね。ただ似てただけなんだよね。
自分の心にそう言い聞かせても、思考はそう簡単には止まってくれない。
私はスマホを手に取り、布団に入ったまま、ほしかげ界隈について調べてみることにした。
検索バーに「ほし」まで打っただけで、関連ワードとしてすぐに「ほしかげ界隈」という単語が出てくる。
二秒ほどの間をあけて、それをタップする。
一番に出てきたのは、ニュースの記事だった。画面をスクロールしても、ニュースの見出しばかり。
『ほしかげ界隈を名乗る男女ら十八人を一斉補導 治安回復の狙いか』
『薬物保持の疑いで十五歳の少年逮捕 ほしかげ界隈内での流通も視野に入れ調査中』
ずらりと並ぶ見出しの中で、私は一つの記事の見出しに目が留まった。
『星霜ビルの広場に集まる少年少女の思いとは ほしかげ界隈の人々にインタビューしてわかったこと』
少しためらいながら、ページを開いてみる。
そこには、生々しい現実を突きつけるような文章が羅列していた。
どうしてここに来たのですか、という質問に対し、様々な理由が飛び交う。
インタビューの最中に逃げ出してしまう人や、インタビューをしようとする人がほとんどだったそうだが、数少ない言葉に、ほしかげ界隈の人々の感情が詰まっている。
どんな人にも共通している理由は、居場所。
どんな理由にも、居場所が欲しかったという本心が隠れているような。
昨夜のことを思い出せば、あそこには、私よりももっと小さい子たちもたくさんいた。
…私は、本当にこのままで良いのだろうか。
今の私には、あの女の子がみゆなのか、みゆだとしたら、あんなところから連れ出すしかない、そういった使命感がある。
あんなところになんていちゃだめだよ。みゆ、お願い。
普通の毎日に戻ってきて、また一緒に笑ってよ。

「おはよう」
「さな、おはよう!なんか元気なくない?」
どうかした?と友達に言われ、自分でも、挨拶したときの声色がどんよりと曇っていることに気がついて慌てる。
「ううん!…ちょっと考え事してて」
どれだけ悩んでも朝はやってくるようで、今日も変わらない学校生活が始まってしまった。
しかし、今日は授業が頭に入りそうもない。昨夜のことが、ずっと頭の中をハイジャックしている。
休み時間になっても、私の頭が復活することはなかった。
「ねえ。最近、ほしかげ界隈って話題じゃない?あれ、どう思う?」
友達にいきなりそんなことを訊いてしまった私。
あー…!もう私、おかしくなってる…!
「えっと、ほしかげ界隈って、あれ?星霜ビルの…」
うーん、と友達が唸る。ごめん、突拍子もないことを…。
それでも友達は、なんてことないように答えてくれた。
「最近よく聞くようになったよね。十代の人が多いみたいだから、心配ではあるけど。まさか、さな何かあったの!?」
「いやいやいや、何もないよ!ただ昨日ちょうど通り過ぎたら気になっちゃって」
それならいいけどさ、と、友達は肩をおろした。
きっと、ほしかげ界隈の人たちは、みんな悩みを抱えている。
私は、みゆを何としても救い出す。
昨日のあの出来事は、本当に怖かった。それでも、きっとみゆは、もっと大きな「何か」を背負って、あそこにいる。
放課後になり、私はお母さんにメッセージを送る。
『今日も少し遅れて帰るね』