晨星、黎明に駆けて


みゆから連絡が来たのは、土曜日の朝。
『今日、何か用事ある?』とだけ、メッセージが送られてきていた。
テストもひと段落つき、最近は勉強時間も定着してきたので、『特にないよ。どうかした?』と送った。
すると、珍しくすぐに既読がついて、『ちょっと話したいことがある』と返ってきた。
どうやら今日はみゆのお母さんが家にいないので、みゆが私にお昼ご飯を作って色々話してくれるらしい。
待ち合わせ場所は、広場の最寄り駅。
私はお母さんにそのことを伝えて、お昼時に家を出発した。
駅でみゆと会い、みゆについていく。電車に乗って、いくつか駅を通過する。
とある駅で降りた後、少し歩く。
着いたのは、私たちが住んでいた団地だった。
「懐かしい…!」
「でしょ。あたしはまだここに住んでるから、行こ」
みゆはいつもと変わらない様子で、部屋に案内してくれた。
話したいことがある、とはどんなことなのだろうと思っていたけれど、今考えるとどきどきしてくる。
私が当時住んでいた部屋は、もうすでに誰かの部屋になってしまっていたけれど。
団地から見える景色や周りの空気が変わっていなくて、なんだか少し嬉しかった。
みゆの部屋に入る。綺麗に整理整頓されていて、つい色々なものを見てしまう。
「あたし、自炊趣味なんだ。作るからちょっと座って待ってて」
「じ、自炊!?」
そんな驚く?と、みゆが笑う。だって、私よりも全然大人っぽいから…。
私なんか将来の夢も決まっていないし、あと少しで大人になるという自覚なんてない。
「お母さんがそういうの苦手で。あたしが好きだからやってんの」
「すごいね、自炊か…」
あたしの部屋なら適当に見てくれていいよ、と言われたので、お言葉に甘えてみゆの部屋を探索してみることにした。
私の部屋よりも綺麗かも、と思いつつ見て回る。
ふと、机の上に置いてあるテキストに目が留まる。高校二年生のテキストたち。
みゆは学校に行っているのだろうか。ゆのあくんから、通信制高校に通っているのかもしれないなんて噂は聞いた。
勉強も、アルバイトも、家事も、ほしかげ界隈のことも。みゆは本当にすごいな、と思う。
そんなみゆが話したいこと、と思うと、やはり少しだけ嫌な予感がする。
キッチンから手際よく料理を作る音が聞こえる。美味しそうな香りが漂ってくる。
あっという間に、もうできるよと声がした。急いで座ると、テーブルには料理が並べられていく。
「すごい、美味しそう…!」
みゆが作ってくれたのは、特製チャーハンとキャベツのスープ、そしてもやしのナムル。
やはり一番存在感があるのはチャーハンで、半熟の卵がてっぺんに乗せられており、その周りにはチャーハンには珍しいコーンが散らされていた。
「ナムルは昨日作ったやつだけど、他はできたてだから」
「ありがとう!早速いただきます」
みゆの作ったご飯を食べるのは初めてで、どこか新鮮だった。
美味しいご飯をしばらく食べていると、もわもわとみゆの「話したいこと」について不安がよぎった。
せっかくのご飯を美味しく食べたい。ならばもう、私からいっそのこと訊いてしまおう…!
「ねえ、みゆ?話したいことって何?」
そう言ったとたんに、みゆの表情が曇る。やはり良くない話題だ。
「…最近、久しぶりに会った人がいるの。ニアって名前なんだけど」
みゆはその「ニア」について話し始めた。
どうやらニアちゃんは、私たちと同い年の女の子らしい。
みゆと同時期にほしかげ界隈にやってきて、最初は二人で仲が良かったものの、ニアちゃんは明るいほしかげ界隈を嫌うようになり、段々と二人は離れていったという。
しかし、二人きりで話すときはしばしばあったようで、その度に、みゆはほしかげ界隈の取り組みを否定され続けてきた。
ニアちゃんはみゆの取り組みについてずっと否定的で、みゆは話すたびいつも「もうやめなよ」と責められていた。
そんな中、ニアちゃんは少し前、突然、薬物保持の疑いで逮捕されてしまった。
「ニアがこの前釈放されて、あたしのもとへ来たの。…そしたら、何が正しいのか、わかんなくなっちゃって」
スープを飲んだ後、みゆの顔には、涙が浮かんでいた。珍しかった。あの、みゆが。
「あたしがほしかげ界隈の人たちを助けようと思い始めたのは、ニアがきっかけでもあるの。ニアはいつも危なっかしくて…。暗いほうへ行かないようにって、いつもあたしだけが、ニアのことを見てた」
私は初めて知った。こんな経験をしてきて、今のみゆがあることを。
「それでも、ニアは捕まっちゃった。あたしがもっと、ちゃんと寄り添ってあげてたらって思うと…」
寄り添う、という単語が響く。
私にも、寄り添うことがいつ何時でも良いことなのかはわからない。
突き放すことで得られるものもあるかもしれない。
それでも私は、みゆと同じように、ぬくもりを分けてあげられる、寄り添うことって大切だと思うよ。
「結局、何も防げてなんかない…」
みゆが俯く。私はみゆの隣に座って、背中をさすってあげた。
私も、みゆと同じ立場にあったらどうだっただろうと考えてみる。
友達が暗闇へ進もうとする。止めようとするけれど、無意味のように、どんどん友達は進んでいく。
ちょっと待ってよ、と声をかけてみれば、きっと友達は、振り返ってこちらに耳を傾けてくれる。
それが、友達だからだ。
本当に信頼している人の話を、無視することなんてできない。
ニアちゃんも、そうなんじゃないかな。