◆
さなが帰って少しすると、ゆのあとるのあがやってきた。
「みゆーって…あれ?もうさなちゃん帰っちゃった?」
「ついさっきまでいたよ。帰ってから勉強もしたいんだって」
残念そうにするるのあ。もうすっかり心開いたんだね。
あたしは勉強なんてする気にならない。やらなきゃだけど。
三人で話をしていると、突然、広場のざわめきが消えていくのを感じた。
まだあたしたちの所から何が起こっているのかは見えない。とっさに時間を確認する。
二十一時半…。時間帯でいえば、トラブルが起きるには少し早い。
感じるのは、人の気配…?
「るのあ、ちょっとこっち」
ゆのあがそう声をかけて、るのあを目立ちにくい場所に移動させる。
足音がしてくる。今日は月が出ていないから、目が悪いあたしにとって不都合。近くに来るまでよく見えない。
しかし、確実に、その足はあたしたちの方へ向かってくる。真っ先に目を見開いたのは、ゆのあだった。
「…ニア?」
ドクンと、大きな鼓動がした。徐々に脈のスピードが速くなっていく。
ほしかげ界隈の、一番の負の歴史。
落ち着け。嘘。嘘。これは嘘。見間違い。だって、あいつは。
ニアは。
「久しぶり、みゆ」
低く、ほんの少しだけザラついた、まるで同い年とは思えない声。
髪型は真っ黒なボブ。背が高くて痩せ型。鋭い瞳。
そして。
「まだこんなくだらないことやってたんだ」
あたしを責める、鋭利な言葉。
うるさいな。お前は本当に、何があっても変わらないね。
「お前、お前!!」
突然、後ろから叫ぶような声が聞こえる。るのあだ。
「もうここには来ないんじゃないの!?クスリで捕まっ…」
「るのあ!!」
ゆのあがるのあを制止する。ぐっと我慢するるのあを、あたしも目線でなだめる。
でも、そうだよ。るのあの言う通り。
「お兄ちゃんだっけ?お姉ちゃんだっけ?大人になったねー」
「黙れ、ボクはそんなことどーでもいい」
ゆのあも、怒りに満ちて震える手を必死に抑える。偉い。…本当に、大人になったね。
大丈夫。もうここからは、あたしが相手をするから。
「ニア。なんでここに来たの」
私たちと会ってから、ずっと口角が上がっているニア。
何を考えているのかわからず、まずはここへ来た、というか、来ることができた理由を訊ねるしかなかった。
「ちょっと前に釈放されたから」
広場にこの上ない沈黙が滝のように流れ、溢れる。
…ニアは、少し前、薬物関連で警察に逮捕された。
ほしかげ界隈は、そんなことで逮捕されるような集団であってはならない。
しかし、ニアは違う。ずっとここへの仲間意識が薄く、自ら周りに潜む悪と交わろうとする。
こいつからだ。ほしかげ界隈が、悪い注目を浴び始めたのも。全部こいつが。
でも、それを止められなかったあたしにも…。
キンと耳鳴りがする。
「でも、もうここには来ちゃだめって言われてんの。最後の見納めに来ただけ」
別に変なことしないから安心しなよ、というニアからは、警察署に入ってからの少しの間だけでも、僅かな柔らかさを持ち合わせた感じがした。
見納めなんて言葉、笑ってしまう。今更何を言っているのか。
ニアがあたしの隣に座る。気がつけば、ゆのあとるのあはいなくなっていた。
…あの二人だけは、もう絶対にこいつと関わらせたくなかった。あの事があるから。
それでも、あたしは一生涯をかけて、こいつと向き合わなければならない。
こいつが暗闇に身を投げ捨てたのは、あたしがそれを止められなかったからだ。
ねぇねぇ、と、ニアが口を開く。
「みゆちゃん、新しいお友達できたねー」
ドクン、と、また大きく心臓が脈を打つ。それでも、ニアの前では絶対に動揺してはならない。
さなのことか、それとも最近よくここに来るようになった女の子か…。
いずれにせよ、なぜそんなことがわかるのか理解できない。ここへ来たのは、釈放されてから初めてではないのか?
「誰のこと言ってんの」
心当たりのないように言ってみる。
「さなちゃんに決まってんじゃん」
いきなり、ニアの声のトーンが低くなる。ニアは態度をコロコロ変えて、人を責める。
…変わらない、いじめの元凶のコピーをしたニアの話し方。
やっぱり、さなだ。
「ここに来てすぐの頃は、友達なんかいたことないって言ってたのにね。それで今更、親友?幼馴染?何それ」
くだらねーな、と言うニアは、本気で言っているというよりも、思っただけのことを口に出しているようだった。
きっとニアは、あたしとさなが話している間、ずっと広場の外で盗み聞きをしていたのだろう。
それか、勘が鋭いニアの適当な噓か。
噓として言っているならば、あたしも噓で返してみよう。
「誰?そんな人いないけど」
「噓つくなよ。話してるところ見ちゃったよ?ふ、さなちゃん可哀想」
やはり見られていたのか。…さなとニアの接触もできるだけ避けたい。
きっとさなは、あたしがこんなやつと関わっていると知ったら、他人事にはしない。
ニアは危ない。何をするかがわからない。カッとなると、すぐに手が出る。
いじめられた経験と、両親に育児放棄をされた経験があるという特に異色な立場にあり、予測ができない。
もしもそれで、ニアがさなを傷つけたら…。
またニアは警察に捕まるかもしれない。さなには、あたしがどんな風に責任を取ればいい?
「一般市民」と「ほしかげ界隈」のトラブルとして、ニュースになったら?
まあ別にどうでもいいけどさ、と、ニアが話題をそらしたので、それがあたしの思考を止める助け舟になった。
「いつまでこんなことするのかなぁ、君は」
ニアが長く息を吐く。
「あたしがやりたくてやってるんだから、勝手でしょ」
我ながら、お母さんに反抗する娘のようで少し情けなかった。
周りの静けさと共に、あたしたちも夜の静寂の一部と化していく。
「そんなこと、もうやめなよ」
暗い夜空に、ニアの声が波紋のように広がる。
「自己満足だろ、そんなの。それでみゆの心が崩れていくんだよ。…馬鹿みたい」
さなが帰って少しすると、ゆのあとるのあがやってきた。
「みゆーって…あれ?もうさなちゃん帰っちゃった?」
「ついさっきまでいたよ。帰ってから勉強もしたいんだって」
残念そうにするるのあ。もうすっかり心開いたんだね。
あたしは勉強なんてする気にならない。やらなきゃだけど。
三人で話をしていると、突然、広場のざわめきが消えていくのを感じた。
まだあたしたちの所から何が起こっているのかは見えない。とっさに時間を確認する。
二十一時半…。時間帯でいえば、トラブルが起きるには少し早い。
感じるのは、人の気配…?
「るのあ、ちょっとこっち」
ゆのあがそう声をかけて、るのあを目立ちにくい場所に移動させる。
足音がしてくる。今日は月が出ていないから、目が悪いあたしにとって不都合。近くに来るまでよく見えない。
しかし、確実に、その足はあたしたちの方へ向かってくる。真っ先に目を見開いたのは、ゆのあだった。
「…ニア?」
ドクンと、大きな鼓動がした。徐々に脈のスピードが速くなっていく。
ほしかげ界隈の、一番の負の歴史。
落ち着け。嘘。嘘。これは嘘。見間違い。だって、あいつは。
ニアは。
「久しぶり、みゆ」
低く、ほんの少しだけザラついた、まるで同い年とは思えない声。
髪型は真っ黒なボブ。背が高くて痩せ型。鋭い瞳。
そして。
「まだこんなくだらないことやってたんだ」
あたしを責める、鋭利な言葉。
うるさいな。お前は本当に、何があっても変わらないね。
「お前、お前!!」
突然、後ろから叫ぶような声が聞こえる。るのあだ。
「もうここには来ないんじゃないの!?クスリで捕まっ…」
「るのあ!!」
ゆのあがるのあを制止する。ぐっと我慢するるのあを、あたしも目線でなだめる。
でも、そうだよ。るのあの言う通り。
「お兄ちゃんだっけ?お姉ちゃんだっけ?大人になったねー」
「黙れ、ボクはそんなことどーでもいい」
ゆのあも、怒りに満ちて震える手を必死に抑える。偉い。…本当に、大人になったね。
大丈夫。もうここからは、あたしが相手をするから。
「ニア。なんでここに来たの」
私たちと会ってから、ずっと口角が上がっているニア。
何を考えているのかわからず、まずはここへ来た、というか、来ることができた理由を訊ねるしかなかった。
「ちょっと前に釈放されたから」
広場にこの上ない沈黙が滝のように流れ、溢れる。
…ニアは、少し前、薬物関連で警察に逮捕された。
ほしかげ界隈は、そんなことで逮捕されるような集団であってはならない。
しかし、ニアは違う。ずっとここへの仲間意識が薄く、自ら周りに潜む悪と交わろうとする。
こいつからだ。ほしかげ界隈が、悪い注目を浴び始めたのも。全部こいつが。
でも、それを止められなかったあたしにも…。
キンと耳鳴りがする。
「でも、もうここには来ちゃだめって言われてんの。最後の見納めに来ただけ」
別に変なことしないから安心しなよ、というニアからは、警察署に入ってからの少しの間だけでも、僅かな柔らかさを持ち合わせた感じがした。
見納めなんて言葉、笑ってしまう。今更何を言っているのか。
ニアがあたしの隣に座る。気がつけば、ゆのあとるのあはいなくなっていた。
…あの二人だけは、もう絶対にこいつと関わらせたくなかった。あの事があるから。
それでも、あたしは一生涯をかけて、こいつと向き合わなければならない。
こいつが暗闇に身を投げ捨てたのは、あたしがそれを止められなかったからだ。
ねぇねぇ、と、ニアが口を開く。
「みゆちゃん、新しいお友達できたねー」
ドクン、と、また大きく心臓が脈を打つ。それでも、ニアの前では絶対に動揺してはならない。
さなのことか、それとも最近よくここに来るようになった女の子か…。
いずれにせよ、なぜそんなことがわかるのか理解できない。ここへ来たのは、釈放されてから初めてではないのか?
「誰のこと言ってんの」
心当たりのないように言ってみる。
「さなちゃんに決まってんじゃん」
いきなり、ニアの声のトーンが低くなる。ニアは態度をコロコロ変えて、人を責める。
…変わらない、いじめの元凶のコピーをしたニアの話し方。
やっぱり、さなだ。
「ここに来てすぐの頃は、友達なんかいたことないって言ってたのにね。それで今更、親友?幼馴染?何それ」
くだらねーな、と言うニアは、本気で言っているというよりも、思っただけのことを口に出しているようだった。
きっとニアは、あたしとさなが話している間、ずっと広場の外で盗み聞きをしていたのだろう。
それか、勘が鋭いニアの適当な噓か。
噓として言っているならば、あたしも噓で返してみよう。
「誰?そんな人いないけど」
「噓つくなよ。話してるところ見ちゃったよ?ふ、さなちゃん可哀想」
やはり見られていたのか。…さなとニアの接触もできるだけ避けたい。
きっとさなは、あたしがこんなやつと関わっていると知ったら、他人事にはしない。
ニアは危ない。何をするかがわからない。カッとなると、すぐに手が出る。
いじめられた経験と、両親に育児放棄をされた経験があるという特に異色な立場にあり、予測ができない。
もしもそれで、ニアがさなを傷つけたら…。
またニアは警察に捕まるかもしれない。さなには、あたしがどんな風に責任を取ればいい?
「一般市民」と「ほしかげ界隈」のトラブルとして、ニュースになったら?
まあ別にどうでもいいけどさ、と、ニアが話題をそらしたので、それがあたしの思考を止める助け舟になった。
「いつまでこんなことするのかなぁ、君は」
ニアが長く息を吐く。
「あたしがやりたくてやってるんだから、勝手でしょ」
我ながら、お母さんに反抗する娘のようで少し情けなかった。
周りの静けさと共に、あたしたちも夜の静寂の一部と化していく。
「そんなこと、もうやめなよ」
暗い夜空に、ニアの声が波紋のように広がる。
「自己満足だろ、そんなの。それでみゆの心が崩れていくんだよ。…馬鹿みたい」



