【長編版】無能の少女は鬼神に愛され娶られる


あのあと、千牙はまず咲を伴って宮城へ足を運んだ。眞人たちに謝罪するためだった。眞人は事情を理解し、改めて咲の披露目の席を設けると言ってくれた。
風花は逆言葉の件でたくさん謝ってくれた。でもそれは、咲が扱うに力が足りなかったからだし、そもそもそんな目的で修行を依頼していない千牙も、彼女に罪はない、と言ってくれた。

そのあと奥社のミコトの前でこうべを垂れた。ミコトは呆れたような顔で千牙を見ると、しかし嘆息を漏らしてこう言った。

「まあ、千年以上もお前に任を架してきた我らにも責任はある。一概にお前だけをとがめるのもおかしいであろうな。であるから、お前がこの任を離れたいと希望するなら、叶えてやってもよい」

しかし千牙は、その言葉にはきっぱりと首を横に振った。

「いっとき、責に疲弊したことは事実ですが、しかし咲と共に架せられる責ならば、それは我が道を安らいだものにする術でもあります。彼女に生かされた私は、改めてこの任に誇りを持ちました。故に、言の葉の巫女に私と同じ生をいただきたい」

咲は驚いて隣の千牙を仰ぎ見る。ミコトは彼の言葉を聞いて、面白そうにくっくっ、と喉を鳴らして笑った。

「造作もないことであろう。お前の里のものは食わせておらぬのか」
「はい。咲にも人の時間がございます故」

確かに咲が里でいただく食事の材料は、狭間で売買されている人界の食物であると、咲の世話をしてくれていたスズが言っていた。あやかしは人の生気――おおきな生気――で生きている。当然人の食料で補えるわけがなく、だから人の食料となるものが妖界にはないからだと思っていたのだが、他に理由があったのか。
疑問を顔に浮かべたらしい。千牙が微笑んで説明してくれた。

「命は、それを支えるために摂取するもので質が決まる。あやかしが人の命でしか生きられないことは知っているだろう。おおきな生気を摂取するということは、生気を摂取する命に与える影響も大きい。咲に千年万年の苦行を歩ませたくなかったから、里のものは出させなかったのだ」

説明に目を丸くする。ほんとうに千牙はやさしい人なのだと、またしても再認識した。

「ほう、手放す気でおったと申すか。ならば我がいただいても良いだな。あの窮地で我を守ろうとするその決意を持った娘は、それだけで我にとって価値がある」

名で架した呪が解かれるとその反動が架したものに跳ね返ることは、千牙の力が削がれたことで分かっている。もしかすると灯影は、呪を解いた上で神の名を咲に縛らせようとしたのかもしれない。調停者の力を得、その力を縛る呪も、施した主も、己が邪魔にならないよう企んでいたのだとしたら、それはとても恐ろしいことだ。

仮にそれが実行されたとして、『ミコト』の名が真名ではないことで、目の前の神さまにどれだけの打撃があったのかは、咲のはかれるところではないが……。
片眉を上げて千牙を見るミコトに、千牙は微笑んだまま、もう一度きっぱりと首を振った。

「それは、ミコトさま相手でも出来ません。彼女はわたしの、巫女ですから」

今度こそミコトがやさしい眼差しになる。よかった、と吐息に漏らしたのは、咲の聞き間違いだろうか。ミコトが今度は咲を見る。

「して、娘はそれでもよいのか。こやつを好いているのは、あのときの覚悟からも分かったが、それと終をなくし千万を生きる覚悟を持つのとでは、同じ覚悟でもちと違うだろう?」

確かに邑にいた頃は、いつこの苦しみが終わるかとそればかりを願っていた。千牙が永くを生きてきて辛さと悲しみを抱えてきたのなら、千万を生きると決意した咲にだって、それは訪れるだろう。それでも。

「ミコトさま。それでも私は千牙さんと共に生きたいです。これからも任を負い、責を果たそうとする千牙さんの、心の拠り所になりたいのです。わたしはわたしを必要だと言ってくれた千牙さんがいてくれたらそれだけでいいのです。わたしを必要だと、好きだと言ってくれる千牙さんと、共に生きたいのです」

ミコトにそう宣言すると、あたりがほわりとあたたかい空気に包まれた。

「上も喜んでいるな」

ミコトが上空を見上げて、そう言った。そして千牙に顔を向ける。

「では、里のもの総出で祝宴を催すがよい。振る舞われる馳走を食せば、すなわち巫女は里のものとなる」

ミコトの言葉に、千牙は何度目かの敬礼をした。咲も倣う。

「僥倖の極みにございます」

このときの千牙の、感情を抑えようと震えた声が、咲の記憶にいつまでも残った。