【長編版】無能の少女は鬼神に愛され娶られる


「なるほど。つまり、言葉の向く先を、操られた、と、そうおっしゃりたいのですね。確かにそうかもしれませんが、しかし操られたことは事実ですよ、長」

やはり突っ込む小夜に、千牙は小さく項垂れた。

「だがお前も狐に太刀打ちできなかっただろう。あやかしにとって力……つまり名が全てであることは、お前も身に染みて分かっているはずだ」

彼の真名は、芙蓉が身につけていた赤い指輪に封じられていたそうだ。その力を得た灯影はそれで小夜を圧倒し、他方芙蓉はあれを撫でつけ、千牙を良いように操っていたのだという。名を本人以外に封印すること自体は、里の桜に千牙の名前を封じた神々が行った方法と同じである。

「そうですね……。その狐を呪で縛っておられた長の強さ、そして封じられていた名を凌駕する新しい名に、私は改めてこの先末永く、長と咲さまにお仕えする決意を新たに致しました」

小夜はそう言うと、あたまを深く下げた。咲は慌てて顔の前で両手を横に振った。

「そ、そんなたいそうなことをしたわけではないですよ、小夜さん……。あのとき私はあの人から逃れたいばっかりで叫んだだけだったんです……。小夜さんと決めたことも実行出来ませんでしたし、反省しているのです……」

そんな先を見つめて微笑むのは千牙だ。

「しかし咲。おぬしがあのとき私を呼んでくれなければ、私はあやつらの呪縛から解放されることはなかったし、結果、私は以前より強くなった。これはまさにおぬしの気持ちが私を救った、おぬしの功績であると思うが」

千牙の言葉に咲が頬を赤らめる。そんな咲と千牙の様子を、小夜たちが見守っている。朧たちも、さわさわと見守っていた。

「ハチが他の朧たちを集めてくれたの?」

彼らに自分たちのことを見つめられていることにむずがゆい思いがして、咲が問うと、ハチは苦笑いを交えて説明してくれた。

「結局あの悪食ものは、朧上がりの俺が木刀で太刀打ちできる相手ではありませんでした。でも、咲さまに命を大事にすると約束しましたから、あいつの隙を見てあの場を離れ、スズと合流しました。里の朧は、小夜さまの命で俺たちが集めました。俺たちには咲さまに与えられた言祝ぎが宿っています。小夜さまは長に俺たちにいただいた慶祝を捧げられないかと考えられたのです」

咲はハチの言葉に驚いて、小夜を見た。彼女は穏やかな表情を変えずに言葉を発した。

「里の桜は健在だったので、長が『いなくなった』わけではないと分かりました。だとしたら、長のお体と名を分離させる呪を掛けられたのではないかと、考えたのです」

だから千牙の内側から慶祝を施し、呪を解くことを考えた。小夜はそのように言った。
その言葉に咲は、そんなことにならなくて良かったと目を潤ませる。ハチも、スズも、勿論他の朧たちも、咲にとってはいなくてはならない、大事な家族だ。

「そうだったのね……。でも、狭間にしかいられない朧や鬼たちが人界のこの屋敷に来ることが出来たのは、何故?」

咲の疑問に、ああ、とハチが答える。

「悪食ものが狭間と自分の屋敷を繋いでいたのですが、どうもこの屋敷とも繋がっていたようです。小夜さまからお聞きした目くらましがこの屋敷に及んでいたのは、そのせいかと」

だから、朧たちは厳密に言うと協定破りには当たらないのではないか。ハチはそう言った。
なるほど、そういうことか。小夜が言っていたことと話が合致して、咲は納得できた。

「ともあれ、これで神隠しの件も片がついた。眞人も喜ぶだろうな」

千牙が、穏やかに言う。調停者としての真名を奪われてもなお、彼はやはり人妖を見守る目をするのだ。
そんな彼を支えることが出来たことを誇らしく思うし、なによりそんな彼を滅びの道にいざなうことがなくて良かったと思う。

「一件落着ですか!? では、里に帰って美味しいものをこしらえますね!」

元気よく言うのは、スズだ。そういえば灯影の屋敷にさらわれてから、ろくに食事も喉を通らなかった。スズの言葉にぐう、と腹の虫がなり、スズは、たくさんこしらえます! と大張り切りをした。