【長編版】無能の少女は鬼神に愛され娶られる


「!」

お守りが爆ぜて、赤々とした光を放つ。強烈な閃光により、灯影は目を腕で覆い隠し、動きが一瞬止まった。

爆ぜた木片は咲のくちびるを傷つけ、わずかな血が口内に滲みおり、それと同時に、喉に張り付いていた粘着質な感触がきれいに消え去る。

「千牙さん!」

鉄さびの味と共に、声が戻ってくる。咲を組み敷いていた灯影が、助けを呼んだ大きな声に驚き目を見開く。小夜たちもはっとした表情をした。瞬間。

千牙の体がまばゆいばかりの光に包まれた。よどんだ瞳には光が戻り、咲の様子をしかと見ると、彼はしなだれかかる芙蓉をはねのけた。芙蓉は壁まで弾き飛ばされ、赤い指輪が光に呼応して粉々に砕け散る。

「きゃああああ!」

バリンと割れたその破片は芙蓉の顔をめちゃくちゃに傷つけ、痛みに芙蓉は悲鳴を上げ、のたうち回った。

「顔が! わたしの顔が!」

痛みに這いずり回り、部屋の鏡台の鏡を覗き込む芙蓉の様子は、更に変化していく。皮膚が見る間に皺だらけになり、黒の髪はあっという間にぱさぱさの白髪になる。灯影に担がれただけの人の身で、力あるものの名を呼んだ報いだった。

「いやあああ! 私の美しい顔が! 私の髪が! 私の手が!」

叫び狂う芙蓉を、部屋の窓からなだれ込んだ鬼と朧が取り囲んだ。朧はみな、咲が名を付けた朧だった。その傍らにはハチもスズもいる。

「御寮さまを苦しませて」
「不遜にも長の名を呼びつけて」
「このまま喰らうてやろうか」

ざわざわと芙蓉を取り囲む彼らに対し、破妖の力を持たない彼女はなすすべがない。

「いやああ! 喰われたくない! 桜玉さま、助けて!」

しかし千牙はそんな芙蓉の様子など目にもくれず、素早い動きで灯影を力任せに跳ね飛ばすとその場に押し倒し、その鋭い爪を喉元に突きつけた。ぐう、と灯影が苦しそうな顔をする。

「千牙さん!」

千牙の変化に咲は驚く。その目の前で彼は灯影を射殺さんばかりの鋭い視線で睨み付けた。喉笛に爪が食い込んでいて、今にもそこを切り裂こうとしている。

「咲の肌に触れたこと、その命を持って償え」

低く獰猛な、咲の聞いたことのない声だった。猛る獣が暴れ出しそうなその声に、灯影は動揺あらわに、何故だ、と口を戦慄せる。

「確かに名を奪ったはずなのに……」

彼の呟きに、千牙はごみを見るような目つきで見下す。

「過去の名などいくらでもくれてやる。私には言の葉の巫女がいるのだからな」

にやり、と極悪人のような笑みを口の端に浮かべた千牙が、表情を変えて咲を見る。

「咲。おぬしは空っぽになった私を新たに『千牙』と命名してくれた。おぬしが私に力を与えてくれる。私の御寮はおぬししかいない」

彼の眼差しは、宮城で別れる前と何ら変わっていなかった。むしろ、あのときより生き生きと熱く咲を見つめる。
咲はとにかく千牙が元に戻ってくれたことに安堵してしまって、ぼろぼろと涙をこぼした。千牙は灯影を小夜たちに任せると、咲をやわらかく抱きしめてくれた。

「いっときでもおぬしを不安にさせたこと、以降の生で償えるだけ償う。もう二度と、おぬしを不安にさせないと誓おう」
「……っ、い、良いんです……っ。千牙さん……、が、もとの千牙さんに、戻ってくれただけ、で、……っ、もう、本当に……っ」

泣きじゃくりながらだから全然説得力がない。でも本当にそうなのだ。千牙はそんな咲をいたわるように、頭の先から髪の筋をやさしくなでつけて、体温を分けてくれる。強張っていた体が溶けていくようだった。

咲は安堵と共に、決意する。
咲を言の葉の巫女として重用せねばならない千牙が、また責に縛られ辛い時を歩まないよう、解き放ちたいのだ。咲は千牙の胸から体を離し、彼の赤い瞳をひたと見つめる。そして願いを込めて、言霊に載せた。

「我は【役】する。千の剣(つるぎ)に永遠(とわ)なる幸を【真】にせんと」

それは彼が望むなら終わりを、彼が願うなら望みを叶える言葉だった。
咲は千牙に生きてほしい。生きて、心から咲の手をもう一度取ってほしい。
でもそれが千牙の本当の望みでないのなら、それは咲の望むところではない。
責を果たし続けてきた千牙に、自身を自由に生きてほしかった。

これで彼との繋がりが途切れるかもしれないと涙を堪えて千牙を見れば、彼はいとおしさを隠しもしないとろけそうな眼差しで咲を見るばかりだ。

「おぬしはそうやって誰かのためにばかり頑張ろうとする。しかし、私は言ったはずだ。おぬし自身を、大事にしろと」

そう言って千牙は、咲が噛んだ唇の傷を親指の腹で撫でた。
その言葉に、理解する。彼は咲を捨てたりしないのだ、と。
今度こそ、涙が溢れてしまって止まらない。千牙が、馬鹿なことをするものではない、と笑ってくれて、咲はその後しばらく泣いていた。