(憎い……。この人が、憎い……)
命を尊ばない灯影に対して、怒りで体中に血が駆け巡る。しかし灯影は、おや、怖い顔をされると美しい顔が台無しですよ、と茶化すだけだった。
「大丈夫です。襲わせる人間も、既に人界では『いない』ことになっています。人間は弱い生き物だなとつくづく思うのですが、恐怖しすぎると壊れるのですね。そうなると使い物になりませんから、補充が必要でした。ですが辺境の結界近くなら、昔から神隠しの話はよくあったと聞いていましたので、隠れ蓑にさせていただきました。幸い、狭間と家を繋ぐくらいは出来たので、人界(ここ)に追いやられてから、少しずつ家に集めていったのです。おかげで、ここに来てからも、まあまあうまい食事が出来ました」
そこでです、と、灯影が咲の顔の前に自らの顔を近づけた。
「僕は美味なる食事が堪能できてよいですが、それでは僕を解放して下さったあなたにご恩が返せません。ですから、神々に施された桜玉の枷を解いてくだされば、人間を解放しましょう。僕はなに不自由なく食事がしたいだけなのです。それには僕を裁く力はない方が良い。桜玉の名を縛る神々の呪は、僕にとっては煩わしいものですのでね。悪鬼も、あなたが解呪したいというならば、そうしたら良いでしょう」
「おのれ、長の名を穢すような真似を……!」
身動きは出来ないが、しかし小夜は灯影を睨み付けてそう言った。しかし彼は呆れた顔をするばかりだ。
「阿呆ですね。今や僕はお前たちの長よりも大きな力を持っている。あやかしは力こそ命。今の僕はお前たちが反意を持ってよいものではない。下がれ」
小夜は灯影の言葉に頭を押さえつけられるように、膝をつき、こうべを垂れる。憎々しげな表情の彼女が、その憤怒を物語っていた。
「それとも、余興を楽しみますか? でしたら、こいつの目の前で、あなたを組み敷いて見せましょうか。こいつがあなたになにを思うか、あるいはなにも思わないのか……。興味深いと思いませんか?」
灯影は力任せに咲をその場に押し倒した。そして着物の裾を割ってくる。
(ひ……っ!)
足の先から徐々に這い上がってくるその温度と、目の前の千牙のなんの感慨も持たない表情に、恐怖と失意のどん底にたたき落とされる。首にかけたお守りがバチバチと発光し音を立てて、灯影の前髪を刻むが、彼は恐怖で動けない咲を前に、下卑た笑いを目に浮かべた。
「ああ、うまい。恐怖の味とは、なんと美味なるものなのでしょう。雑魚どもから発される恐怖とは格段に違う。力宿るあなたの御身から発せられるその恐怖の思いこそが、僕にとって最高の馳走です」
ずるり、ずるりと手が這ってくる。逃れたいのに、極度の恐慌状態に、体が竦んで思うように動かない。お守りがバチバチと大きな音を立てている。
目の前で放電する光をうっとうしげにしながらも、灯影は目を細めて、咲を見た。
「おかわいそうに。僕は紳士ですから、桜玉の名に架された枷を解いてくれさえすれば、そこまで悲しむあなたを諦めてもいい。……どうしますか? 全てあなたの答えひとつです」
傲慢な命令に、それでも最後の意志で唇を噛み、首をきっぱりと振る。だって、今まで課された名の下で頑張ってきた千牙の努力を、咲が無にするようなことは出来ない。それは彼が守り続けてきた、神々の名において命じられた約束だから。
じわりと口内に滲む鉄さびの味は、きっと千牙が飲み込んできた苦悩の味と同じだ。
咲のいらえを見て、灯影はすっと目を冷たく細めた。
「そうですか。では力尽くで命令するまでのこと」
しゅっと、帯が解かれる。恐怖のあまり、咲は声にならない声で千牙の名を叫ぼうとした。そのとき。
命を尊ばない灯影に対して、怒りで体中に血が駆け巡る。しかし灯影は、おや、怖い顔をされると美しい顔が台無しですよ、と茶化すだけだった。
「大丈夫です。襲わせる人間も、既に人界では『いない』ことになっています。人間は弱い生き物だなとつくづく思うのですが、恐怖しすぎると壊れるのですね。そうなると使い物になりませんから、補充が必要でした。ですが辺境の結界近くなら、昔から神隠しの話はよくあったと聞いていましたので、隠れ蓑にさせていただきました。幸い、狭間と家を繋ぐくらいは出来たので、人界(ここ)に追いやられてから、少しずつ家に集めていったのです。おかげで、ここに来てからも、まあまあうまい食事が出来ました」
そこでです、と、灯影が咲の顔の前に自らの顔を近づけた。
「僕は美味なる食事が堪能できてよいですが、それでは僕を解放して下さったあなたにご恩が返せません。ですから、神々に施された桜玉の枷を解いてくだされば、人間を解放しましょう。僕はなに不自由なく食事がしたいだけなのです。それには僕を裁く力はない方が良い。桜玉の名を縛る神々の呪は、僕にとっては煩わしいものですのでね。悪鬼も、あなたが解呪したいというならば、そうしたら良いでしょう」
「おのれ、長の名を穢すような真似を……!」
身動きは出来ないが、しかし小夜は灯影を睨み付けてそう言った。しかし彼は呆れた顔をするばかりだ。
「阿呆ですね。今や僕はお前たちの長よりも大きな力を持っている。あやかしは力こそ命。今の僕はお前たちが反意を持ってよいものではない。下がれ」
小夜は灯影の言葉に頭を押さえつけられるように、膝をつき、こうべを垂れる。憎々しげな表情の彼女が、その憤怒を物語っていた。
「それとも、余興を楽しみますか? でしたら、こいつの目の前で、あなたを組み敷いて見せましょうか。こいつがあなたになにを思うか、あるいはなにも思わないのか……。興味深いと思いませんか?」
灯影は力任せに咲をその場に押し倒した。そして着物の裾を割ってくる。
(ひ……っ!)
足の先から徐々に這い上がってくるその温度と、目の前の千牙のなんの感慨も持たない表情に、恐怖と失意のどん底にたたき落とされる。首にかけたお守りがバチバチと発光し音を立てて、灯影の前髪を刻むが、彼は恐怖で動けない咲を前に、下卑た笑いを目に浮かべた。
「ああ、うまい。恐怖の味とは、なんと美味なるものなのでしょう。雑魚どもから発される恐怖とは格段に違う。力宿るあなたの御身から発せられるその恐怖の思いこそが、僕にとって最高の馳走です」
ずるり、ずるりと手が這ってくる。逃れたいのに、極度の恐慌状態に、体が竦んで思うように動かない。お守りがバチバチと大きな音を立てている。
目の前で放電する光をうっとうしげにしながらも、灯影は目を細めて、咲を見た。
「おかわいそうに。僕は紳士ですから、桜玉の名に架された枷を解いてくれさえすれば、そこまで悲しむあなたを諦めてもいい。……どうしますか? 全てあなたの答えひとつです」
傲慢な命令に、それでも最後の意志で唇を噛み、首をきっぱりと振る。だって、今まで課された名の下で頑張ってきた千牙の努力を、咲が無にするようなことは出来ない。それは彼が守り続けてきた、神々の名において命じられた約束だから。
じわりと口内に滲む鉄さびの味は、きっと千牙が飲み込んできた苦悩の味と同じだ。
咲のいらえを見て、灯影はすっと目を冷たく細めた。
「そうですか。では力尽くで命令するまでのこと」
しゅっと、帯が解かれる。恐怖のあまり、咲は声にならない声で千牙の名を叫ぼうとした。そのとき。



