「長!」
「余計なことをするな……」
剣呑な光を浮かべて小夜を射抜く千牙は、咲の知っている千牙ではなかった。物騒な気配を醸し出し、周囲にパリパリと放電の光がはじけている。……おそらく彼は、本気で怒っているのだ。
「長! お気を確かに持たれてください! 狐の封じを解かれたとはいえ、こんな女にあなたの名を呼ばせても宜しいのですか……!」
小夜の言葉も、千牙には届かない。芙蓉が不意に、千牙に語りかける。
「ねえ、桜玉さま。このうるさい小バエたちを追い払っていただきたいの」
わかりますわよね。
妖しい声に、千牙は咲を見た。パチパチと電気が走る。口を開いて出た言葉は。
「お前なぞ……、鼻から要らぬものだった……」
要らぬもの。
咲の頭から冷水を浴びせたその言葉は、体の中に大きな空洞を作った。咲の体をがらんどうにしたその空洞を、奈落の底まで落ちていくような感覚に陥る。空洞が大きすぎて、もはや立っていることも困難だ。
(千……、牙さん……)
やはり自分は無能でなんの役にも立たないから、誰かに愛してもらうことなど無理だったのだ。
わかりきっていたことなのに、富子に言われるより芙蓉に言われるより、千牙にそう言われた事実がこの上なく辛い。
咲はその場にかくりとくずおれた。小夜が気遣って肩を抱いてくれる。それでもそれは一番欲しかったぬくもりではなく、咲の心の穴は一寸も埋まらない。ただ哀れみを持って慰められることで、咲の目には涙が浮かんだ。
(千牙さん、千牙さん……。それでもわたしはあなたが好きでした……)
言葉に出来ない想いは、今このとき、声を奪われていていっそ良かったと思うほどだ。だって、こんなことを伝えたって、芙蓉を選んだ彼にとってはきっと耳障りな音でしかない。
空虚を体の中に抱え、咲はその場にいた。不意にその場に、声が響く。
『愚かなり、千牙よ。欲望の前に我を忘れたか』
冴え渡る怜悧さを持ったミコトの言葉が胸を突く。ミコトはどこからか、この事態を見ていたのだ。
しかし、千牙はその声にぴくりとも反応しない。もはや本気で責を放棄してしまったのだろうか。それが、彼の、本当の望みだったから……?
だが、人妖調停者にその力と名を与え、任を課してきた神々が、悪鬼を斬ることすら放棄した千牙を、許しておくはずがなかった。
『残っているのだろう、そこに、欠片が。ならばお前の責は、まだそこにある。それすらなさないつもりなら、我はお前を処断する』
(違う……、違うんです、ミコトさま……!)
千牙は望んでそうなったわけではない。咲が、悪いのだ。咲が、間違った言葉を使ったばっかりに、こうなっている。
(でも……)
「余計なことをするな……」
剣呑な光を浮かべて小夜を射抜く千牙は、咲の知っている千牙ではなかった。物騒な気配を醸し出し、周囲にパリパリと放電の光がはじけている。……おそらく彼は、本気で怒っているのだ。
「長! お気を確かに持たれてください! 狐の封じを解かれたとはいえ、こんな女にあなたの名を呼ばせても宜しいのですか……!」
小夜の言葉も、千牙には届かない。芙蓉が不意に、千牙に語りかける。
「ねえ、桜玉さま。このうるさい小バエたちを追い払っていただきたいの」
わかりますわよね。
妖しい声に、千牙は咲を見た。パチパチと電気が走る。口を開いて出た言葉は。
「お前なぞ……、鼻から要らぬものだった……」
要らぬもの。
咲の頭から冷水を浴びせたその言葉は、体の中に大きな空洞を作った。咲の体をがらんどうにしたその空洞を、奈落の底まで落ちていくような感覚に陥る。空洞が大きすぎて、もはや立っていることも困難だ。
(千……、牙さん……)
やはり自分は無能でなんの役にも立たないから、誰かに愛してもらうことなど無理だったのだ。
わかりきっていたことなのに、富子に言われるより芙蓉に言われるより、千牙にそう言われた事実がこの上なく辛い。
咲はその場にかくりとくずおれた。小夜が気遣って肩を抱いてくれる。それでもそれは一番欲しかったぬくもりではなく、咲の心の穴は一寸も埋まらない。ただ哀れみを持って慰められることで、咲の目には涙が浮かんだ。
(千牙さん、千牙さん……。それでもわたしはあなたが好きでした……)
言葉に出来ない想いは、今このとき、声を奪われていていっそ良かったと思うほどだ。だって、こんなことを伝えたって、芙蓉を選んだ彼にとってはきっと耳障りな音でしかない。
空虚を体の中に抱え、咲はその場にいた。不意にその場に、声が響く。
『愚かなり、千牙よ。欲望の前に我を忘れたか』
冴え渡る怜悧さを持ったミコトの言葉が胸を突く。ミコトはどこからか、この事態を見ていたのだ。
しかし、千牙はその声にぴくりとも反応しない。もはや本気で責を放棄してしまったのだろうか。それが、彼の、本当の望みだったから……?
だが、人妖調停者にその力と名を与え、任を課してきた神々が、悪鬼を斬ることすら放棄した千牙を、許しておくはずがなかった。
『残っているのだろう、そこに、欠片が。ならばお前の責は、まだそこにある。それすらなさないつもりなら、我はお前を処断する』
(違う……、違うんです、ミコトさま……!)
千牙は望んでそうなったわけではない。咲が、悪いのだ。咲が、間違った言葉を使ったばっかりに、こうなっている。
(でも……)



