狭間と人界を繋ぐ鳥居から千牙の洋館を目指す。宮城を視界に入れていれば、洋館までは巫女修行で通った道だったから、すぐに辿れた。小夜に抱えられて空(くう)を飛ぶ咲は、見えてきた洋館を指し示して小夜に屋敷の場所を伝える。しかし小夜の反応は芳しくない。
(?)
帝都の空(そら)から見下ろしているとは言え、あんなに大きなお屋敷が見えないはずがない。そう不思議に思っていると、小夜はなるほど、とからくりを理解したような顔をした。
「私には咲さまの指す方向には何も見えませんが、おそらく、咲さまの身につけておられるお守りが、咲さまに長の居場所を教えているのでしょう。そのお守りは里の桜、つまり長そのものです。それを身につけておられる咲さまには、狐のまやかしが効かないのではないでしょうか」
なるほど、そういうことか。であれば、地上に降りて、屋敷に案内した方が良いだろう。咲は小夜に地面を指さし、降りるとそこから屋敷まで小夜を先導して歩いた。
屋敷の正面の門では、咲たちを阻止するような力は働かなかった。以前千牙は、屋敷には結界が施してあり、自身が許すものしか入れないと言っていた。彼が芙蓉と共にいるのであれば、咲は結界に阻まれるのではないかと思っていたが、そういうこともなかった。
門をくぐり、屋敷の玄関を入る。芙蓉がいたのは咲の居室だから二階の部屋だ。階段を上がり、持ってきた解呪の石を握って部屋を指し示すと、小夜は周囲の様子を見ながら一気に扉を開けた。
バン! と激しく音を立てて開いた扉の中は、咲がここを使っていたときと何一つ変わらない様子で咲と小夜を迎えた。ただひとつ、違っているのは、寝台で勝ち誇ったような顔をしている芙蓉の隣に、しどけなく横になっていた千牙だった。
鏡で見たのとは違い、実際にその様子を目の当たりにした咲は、せねばならぬことを分かっていながら、彼らの姿に目の前が暗転する。
「……、…………っ」
視界が歪む。頭がガンガンする。体が衝撃に震え、奥歯を噛みしめ、立っているのがやっとだった。
一方、その様子を初めて目にした小夜は、千牙に対して激昂して叫んだ。
「長! なにをなさっておられるのですか! その女はいったい何者なのです!?」
剣呑な眼差しを芙蓉に向けた小夜に対して、芙蓉は彼女を見下したように寝台の上で膝立ちになった。
「あやかし風情よ、お前こそ口の利き方をわきまえなさい。わたしは桜玉さまの妻です。人妖調停者、そしてお前の主でもある桜玉さまの、ね」
やはり芙蓉が『桜玉』と呼んでも怒りの反応を示さない目の前の千牙に、咲は落胆した。灯影の封じから解放され、名と力があっていない状態とはいえ、あやかしである千牙が『桜玉』の名を芙蓉に許している理由など、ひとつしか思いつかない。
(千牙さんは、本当に芙蓉が良いと思っているの……? だから芙蓉に名を呼ばれても怒りもしないの?)
自分にだけその名を呼ばれたいと言った千牙の言葉を信じていたのに……。
そう思っても、命を御する名をいっとう尊ぶあやかしの長である千牙が彼女にそれを許している時点で、全てのことは明らかになっているのだ。
絶望の顔をした咲を尻目に、芙蓉は小夜の存在をふふん、鼻で笑った。その芙蓉に対し、小夜は千牙を引き離そうとつかみかかろうとした。しかし、その腕の前に立ち塞がったのは、千牙だった。



