【長編版】無能の少女は鬼神に愛され娶られる


『咲』の名を付けてくれた両親にだって選ばれなかった。選ばれたのは芙蓉だった。
自分を拾ってくれた千牙もまた、咲を要らぬと言う。
悲しさ、寂しさ、悔しさにぱたぱたと涙が零れる。自分は何故、この世に生を受けたのだろう。この命は何の価値もないものなのか。
涙をこぼす咲に、灯影は哀れみを含んだ目でこう言った。

「愛していたのですよね、彼を。残念ながら彼は芙蓉さんがいいと言っていますが、しかし彼を真に解き放つ力があるのはあなたでもある。全てから解放されることを望む彼のために、あなたが出来ることがあります。奪われたままで良いのですか? あなたが望むのは、身を引くことですか?」

彼は慈愛の眼差しで咲を見る。

「永くを生きてきた彼は、本来だったらすでにぼろぼろに朽ち果てていてもおかしくなかった。神々がそうしたのです。責から解き放たれても、彼が彼である限りその苦行は続いていく。解放できるのは彼を縛った神々だけ……。……分かりますね?」

千牙を桜玉の名で任に縛り、永くの命を与えてきたミコトをはじめとした神々……。

「大丈夫、彼の任は僕が引き受けましょう。調停者の力をもって妖界を制します。悪鬼は残さず食い尽くします。さすれば人界は守られ、あなたが守りたかった国の民は繁栄を栄華出来ます」

そうすれば、あなたは国の民からの絶大な賛辞を得ることが出来るし、彼の永遠(とわ)なる記憶に残り続けることが出来る。
灯影は舐めさせた飴のように粘度の高い声音でそう言った。しかし咲は毅然たる態度で首を横に振る。

千牙がそれを望んでいても、咲がそれを望まない。咲が、どんな千牙でも生きていてほしかったからだ。
千牙が、咲に生きろと言ってくれた。だったら咲だって、彼に生きてほしいと言いたいのだ。
灯影はしかしそんな咲を見ても大げさに肩をすくめるだけだ。

「分かっておられないな。僕に迎合することで、あなたの負担が減るというのに」

嘆息と共にそう言った彼は、妖しい光を眼差しに宿してこう続けた。

「あなたの声を奪ったのは僕だ。つまりあなたの言葉は、僕のものなのです」

そう宣言すると、彼は咲に問いかけるように顔を近づけた。

「神の御前に出たのなら、当然、その名を知っていますね。その名を、答えなさい」

声が出ない咲に、そんな問いをしてどうしようというのだ。しかし咲の意志とは関係なく咲の唇が開き、震えないはずの喉が震えた。
口角の周辺に、バチバチと電気の渦が走る。言霊で施した呪が、音を遮ろうとする。しかしそれは咲の肌を傷つけるだけで、開いた口からはあっけなく音が零れた。

「神の御名をミコトという」

発された自分の言葉に驚き、驚愕する。咲の言霊による封じが、彼の傀儡となった口によってあっけなく暴かれてしまったのだ。灯影は満足げに頷くと、再び咲に顔を寄せ、命令した。

「ほう。では神の御名で『桜玉』に施された枷を解きなさい」

灯影は咲の知り得ない千牙に対する『呪』を解けと、咲に命じた。知らないはずの言葉だから、勿論咲の口から出てくるはずもない。それなのに喉が震える。