【長編版】無能の少女は鬼神に愛され娶られる

そこには千牙が胸をはだけて寝転んでいて、その横には芙蓉が寄り添っていた。芙蓉の寝衣は胸元が乱れて、首から胸部に掛けていくつもの紅いうっ血の痕がある。ずくり、と鎖骨の際が痛んだ。

あのとき。ドレスを試着したときに、咲に対して一瞬、心の奥底に封をしていた願望を解き放ったような千牙が、今は芙蓉を相手にそれをしている。
邑で男たちにからかわれた過去が蘇る。芙蓉は咲が鏡から見ているのを知っているかのように口の端を引き上げて、愕然としている咲を嘲笑った。

「お前なぞ、私の幸せを取り上げて良い輩ではないわ。おかわいそうに、桜玉さまは任に縛られ楽しいことも嬉しいことも知らずに来たとおっしゃった。任さえなければお前なぞ取り合わなかったとも。男にとって女を抱くこと以上の幸せなどないでしょうに、お前の貧相な体は抱く気も失せるものだったとおっしゃったわ。馬鹿なお前に分かるかしら? 女として桜玉さまに愛されているのは、私なのよ。そうですわよね、桜玉さま」

咲は芙蓉の言葉に驚愕した。千牙が芙蓉に名を呼ばれてもなんの反応もしなかったことに、だ。

――『力あるあやかしが不適切な相手に名を呼ばれたら、それ相応の報いを受けるだろう』

それは千牙の言葉だった。しかし彼は咲に名を呼ぶことを許し、『桜玉』の名を、咲にだけ呼ばれたいと言ったのだ。それなのに!

動揺色濃い咲を分かっているのか、更に、芙蓉のうっとりとした眼差しを受ける千牙は、彼女を熱く見つめて、ああ、そうだ、と言った。

「ああ、愛しているとも。私を解き放ってくれたもの。私に安らぎを与えてくれたもの」

彼のその言葉に、体が裂かれたような衝撃を受けた。
千牙は任から逃れたいと思っていたのか。自分では彼に安らぎを与えられなかったのか。
自分の努力は全く方向違いだったのか。そもそも彼を苦しめるだけのことだったのか。

(千牙さんのお仕事の助けになればと思っていたけれど……)

もしそうだったのなら、咲が千牙に取り立てられるよりも、彼と芙蓉の間を認めるべきだろう。だけどどうしてもそうしたくない、と心の奥が叫んでいる。
芙蓉がその愛を確かめるように、千牙の胸に手を置く。鏡に映る光景を、心がきしむような思いで見た。

(嫌だ、嫌だ、嫌だ! 千牙さん、嫌です!)

彼が許すのも、彼に許されるのも、自分が良いと思ってしまう。
千牙が眞人や風花との思い出話をしたときを思い出す。あのとき胸の奥に感じた石の重さは、嫉妬だった。彼が穏やかに懐かしむ記憶に、自分がいないことが悔しかったのだ。

今、芙蓉が彼の胸に手を触れるのを見て、同じように思う。そう、咲は千牙が自分以外を求めていることが、とても悔しいのだと理解した。
理解して、そして目の前の現実に打ちのめされる。

(わたしは、どうやったって、選ばれない)