【長編版】無能の少女は鬼神に愛され娶られる

なぜ、邑で仕置きを受けたはずの芙蓉たちがここにいるのだろう。そう咲が混乱していると、彼女はずかずかと部屋に入ってきて、咲の腕をむんずと掴むと、手に持っていた縄で後ろにくくり上げた。彼女は咲の体の自由を奪うと、床に殴り倒す。

「……っ!」
「ふん。無能のお前が国を救う巫女として披露目されるなんて、大間違いなのよ。お前なんて、そうやって床に転がっているくらいがお似合い。強くてお美しい調停者さまだって、お前が騙さなければ、お前を取り上げたりしないわ。人妖の頂点に立つ調停者さまにふさわしいのは、あやかしから人界を守る力を持つ私のような能力者なのよ。式典は、何もかもが、間違い。だから私がそれを正してあげるわ」

そう言って、部屋の衣桁にかけてある巫女装束をひっつかむように奪った。

やめて!

そう叫ぼうとしても、喉は震えず声は出ない。腕を縛り上げられて床に転がったままでは、起き上がることもできない。腰とひざを折り、なんとか姿勢を正して立ち上がった時には、すでに芙蓉は衣装を持って、部屋から出ていった。荒々しく絞められた扉には、鍵がかけられてしまう。

閉じ込められた。
そう慌てるが、大丈夫だ、とも思う。
だって芙蓉が巫女装束を持って行ったって、顔の違う彼女を、千牙も、風花も帝も、咲であるとは認めない。だから、衣装だけ持って行ったって、芙蓉が彼らに受け入れられることはないのだ。

(大丈夫。芙蓉が千牙さんのところに行ったら、かえって私を探してくれるかもしれない。だから私は、ここで待っていたほうがいいわ)

この部屋に来ていることは、風花が分かっている。水を飲んで戻るより長く時間がかかってしまっているし、きっと三人の誰かが部屋を訪れてくれるだろう。そうしたら扉に体当たりでもして、中にいることを知らせればいい。

(でも、芙蓉はなぜ、衣装を持って行ったのかしら……)

これからの披露目に臨もうとしているのだとしても、無理がある。なぜ、彼女がそんなことをしたのか。咲の胸に不安がよぎった。






「咲、遅かったな」

部屋を出て咲を迎えに行こうとしたら、彼女が装束に着替えてやってきた。緋色の袴が美しい巫女装束に、披露目用の薄絹のベールをかぶっている。指には、緋色の袴に会わせたのか紅い指輪が嵌まっている。

「遅くなってしまいました。申し訳ありませんわ、桜(・)玉(・)さま」

唇が、蠱惑的に千牙の名を呼ぶ。その音に囚われながら、彼は彼女に手を差し出した。

「民が待っている。眞人ももうテラスで待っているぞ」
「そうですわね。ですが、私は、桜玉さまの目にだけ、映っていたいのです。だって、わたしは、桜玉さまだけの巫女でしょう……?」
「そうだ。おぬしは私の妻……。私の唯一の巫女だ」

とろりと幕がかかったかのような声を発する千牙の眼はよどんで光を失っている。芙蓉は彼に手を差し出すと、彼を連れて階下に降りていった。








一向に現れない千牙と咲を理由に、式典は中止になった。突如宮城から消えたふたりを探そうとするが、眞人の命じた捜索でも見つからなかった。騒ぎは大きくなり、そのうちに救いの巫女までもが神隠しか、と噂が走った。千牙がそのようなことになるはずがないのだから、彼が迎えに行った咲もそんなことになるはずがない。しかし彼が姿を消す理由もまた、眞人には想像が付かない。

(調停者殿は、どこへ消えたのだ……。それに、巫女殿は……)

困惑のさなかにいた眞人に、さらなる知らせが届く。

「陛下、悪鬼が狭間で暴れています!」
「なに」

部屋にさっと緊迫が走る。そもそも咲が言の葉の巫女として千牙に迎えられたのは、朧の悪鬼化を防いだからではなかったか。

(なにが一体、どうなっているのだ……!)

空の太陽は、その地平に沈もうとしていた……。