風花の授業を思い出す。商いをするには商い言葉というものがあると言っていた。この人が言うのは、そういうくくりの言葉かもしれない。咲は習わなかったから、彼を助けるために教えてもらうのもいいかもしれない。
「やってみましょう。どんな言葉ですか?」
「ええと、たしか……」
青年はスーツのポケットから帳面と万年筆を取り出した。そしてその上にひとつの言葉を書き記す。
――『サカタナ、ギョクタルオウ、コノカタ、エキスル』
じっと文字を見る咲に、青年は申し訳なさそうに苦笑した。
「僕たちが発することは禁じられています。祈りをする方の言葉ですから」
咲の知らない言葉だったが、最後に『エキスル』とついているので、きっと言霊を使うときの言葉なのだろう。言霊を扱うには巫女の資質が必要だと風花が言っていたので、彼がこの言葉を発せない理由は分かった。
「まじなう相手の生命力を、敬意をもって盛んにする、という意味だそうです。敬意をもって、というところが、巫女言葉らしいと思います」
なるほど、と咲は頷く。そしてもう一度、彼に対して気持ちを集中し、教えられた言葉を静かに口にする。
「サカタナ、ギョクタルオウ、コノカタ、【役】スル」
瞬間、ぶわっと彼の胸のあざから赤い光が立ち上り、咲たちの周囲を渦巻くと、破裂したような音をさせて消えた。青年の胸を見ると、あざが消えていた。
「すばらしい……! 助かりました! このお礼に、というにはささやかすぎますが、きっと巫女さまは祈り奉じるために喉をお使いになるでしょう。これは外つ国から仕入れた貴重な飴です。薬効成分が含まれていますので、喉をいたわるのに使ってください」
青年はそう言ってかわいらしい缶に入った飴を差し出した。ふたを開ければ色とりどりの丸い飴が収まっている。
「きれいですね」
「ぜひ、ひとつ召し上がってみてください」
勧められて、千牙の瞳の色の飴をつまむと、口に含んだ。甘さと酸味が調和した、とてもおいしい飴だ。
ありがとうございます。
咲は青年にそう礼を言おうとした。しかし、喉を震わせるはずの音が、出ない。
(?)
喉に手を当て、もう一度声を発しようとするが、やはりそこは震えない。
「?」
不安そうな咲の様子に、青年も気が付いたようだった。
「飴の薬効が合わなかったでしょうか……。いま、薬師を探してきますね。お待ちください」
彼がそう言って、部屋から出ていく。しん、と静まってしまった部屋の中で、何度声を発そうとしても、音にならない不安と戦っていると。
部屋の扉がバン! と開いた。驚いて振り向くと、そこには芙蓉がいた。彼女の背後には両親もいる。
「!?」



