(このあとは、陛下と千牙さんに立ち会ってもらって、国の人に挨拶と、それからパーティーだわ……)
事前に教えてもらっていた予定を頭の中で反芻しながら部屋に向かっていると、廊下にうずくまっている人がいるのを見つけた。胸を押さえて、苦しそうだ。
「どうされましたか?」
咲が声を掛けると、その人は荒い息の中、具合が悪くなって、と訴えた。
「大変、立てますか? ひとまず、お部屋にいきましょう。椅子がありますから、しゃがんでおられるよりも、きっと楽です」
咲はそう言って彼の体を支え、授業を受けていた部屋に連れていくと、壁際の長椅子に腰掛けさせる。
「お水を持ってきます。あと、お医者さまも探してきますので、待っていてください」
そう言って彼の傍を離れようとすると、くいっと袖を握られた。
「いいえ、薬は効かないのです。ですから、医者にはおよびません」
薬が、効かない?
どういうことだろうと首をかしげていると、彼は苦々しく呟いた。
「僕の体は、呪われているのです……」
そう言って洋装のシャツの釦を開けて胸の上を咲に見せる。心臓の上あたりに。赤くうっ血したようなあざが着いていた。
「こいつが、僕の心臓をむしばむのです。これは、あやかしに付けられた呪いなので、人間にはどうしようもないのです」
だから、医者を呼んでも意味がない。彼はそう言った。
しかし、具合の悪そうな人を、そのまま帰すなんて出来ない。なにか助けになることは出来ないだろうかと思案していて、ふと思い出す。
(そうだわ……。千牙さんは、朧の名付けを『解呪』と言ってくれた……)
彼に施された呪いと悪鬼となった朧への言祝ぎでは、意味が違うかもしれないが、あやかしの付けた呪いなら、そのあやかしの力を弱める作用を施せないだろうか。
「あの……、私にあなたを助ける努力をさせてください。それでも駄目なら、私の先生に頼んでみます」
とにかく、息の荒い彼を楽にしてあげたい。咲は彼の前に座り込み、気持ちを研ぎ澄ませて胸のあざをじっと見る。
それは悪鬼が千牙に斬られて立ち上った光の毒々しさを持っていた。千牙は朧が呪に縛られて悪鬼になると言っていたし、このあざが呪いであるというのは本当なのだろう。咲は彼が呪から解き放たれ、健やかであれと念じる。
「我、まじないし主の呪を解呪せよと【役】する」
静かに、言葉を発するが、呪は反応しない。言霊を間違えたのだろうか。失敗に、眉間にしわを寄せて胸の様子を観察していると、ああ、と青年が残念そうに呟いた。
「巫女さまの力でも駄目なら、僕の家に伝わるまじないで解呪いただけないでしょうか」
「あなたの家に?」
「はい。僕の家系は代々商いをしていますので、仕事の関係上、恨まれたり呪われたりすることも、まああるのです。それを退けるために、家にはお札が貼ってありますし、祈祷もよくしていただいています。その関連のまじないなのです」



