【長編版】無能の少女は鬼神に愛され娶られる


彼の言葉に、緋色を纏った咲を想う。その姿は間違いなく、人の目を引き付けるだろう。しかしそのときを想像して、胸の中がじりじりと焦げ付くような感覚に陥った。
そもそも咲を飾りたいと思ったのは自分である。彼女にはその功績ゆえに人々に受け入れられ、賛辞されるべき権利がある。その公の場で、身分相応に愛らしい顔で美しく着飾った彼女を、人界の民に知らしめたかったのは事実だ。

しかしそんな彼女が、人々に好意の眼差しを向けられるであろう事を、こんなにも苦々しく感じている。
好きな色と聞かれて、頬をうすく染めながら、赤、と応えてくれた彼女が、そうさせていると分かっていた。それは、人妖を見守り、終(つい)のない時が続く中で、千牙の心にほの暗い歓喜を灯す。

幾多の出会いと別れが、千牙の脳裏に蘇る。自分を慕ってくれている眞人も風花も、やがてこの世から居なくなる。
たったひとりで生きてきた永い永い時間によって、己のどこかが綻んでいた。ずっと続くと思っていた任から解放されるなど夢にも思わず、ただただ長らえてきた。
それが咲により終わりを見、限りを見つけた生に彩りを添えてくれた。更には、彼女の心にその存在を深く刻むのは自分である、という欲求が、自分を見つめたあの瞳によって昏い炎を燃え上がらせ、千牙の内にとぐろを巻く。

人の魂に死後があるのなら、命を救う意思のある咲が自分を殺せば、それは彼女の心に棘となって深く刺さり、咲は死んでも自分を忘れない。それは自分が咲と永遠にいられる、唯一の方法だった。

おそらくふたつの願いは、強引に糸をたぐればたやすく手に入る。しかし、それは結果として、彼女を苦しめることになりはしないか。そう思うから、踏みとどまれた。
店員の眼差しに、そうだな、と口の端に薄く笑みを載せて応じる。この場に眞人が居なくて良かった。彼には咲が死ぬまで共にあると宣言したままだったから。
それに、人界の長である彼は、千牙が役目を果たし続けることを願っている。その思いを裏切ることにもなる考えは、知られてはいけない。

つ、と手のひらで口許を隠す。どんな表情(かお)をしているか、悟られてはならないからだ。
そのとき、試着室の扉がガチャリと開いた。

「……っ」

息を呑む。ふわりとそこに現れたのは、まるで鮮やかなる芍薬の化生のような咲だった。
着衣を手伝った店員の促しにより一歩、前に進み出た足の動きによって軽やかな裾の布が揺れ、白いフリルが目を引いた。それが一層、芍薬の綻ぶ姿を想像させる。
恥ずかしそうに腰の前で合わせられた手に伸びる袖は、着物の時と違い、彼女の華奢さを引き立てた。

なにより、細く詰まった赤い襟にも負けないくらいに朱に染まった頬と、潤んで夜空の星のように輝く瞳に、言いようのない衝動が身の内を駆け巡る。
じっと不安そうに己を見つめる彼女の視線に応えるべく、ぐっと手を握り、爪の圧迫で平静さを取り戻して、穏やかに微笑んだ。

「綺麗だ、咲。きっとおぬしは、人界の全てのものを魅了するだろうな」

きらめく眼差しを見つめながら、言う。すると彼女は、どこか、満たされない色を、唇に宿した。
どくり、と喉の奥が鳴る。それに気付かない振りをした。
店員が仮の履き物を用意し、千牙の前に歩み出る。ドレスの裾が揺れる度、踵の高い履き物におぼつかない足取りを支えるために、こちらに手が伸ばされる。

「あ……っ」