【長編版】無能の少女は鬼神に愛され娶られる


大きな鬼だ。薄く透けた体をしているが、大きな角、鋭い牙、長く伸びた爪は、咲を恐怖たらしめるのに十分すぎる鋭利さを持っていた。あの牙で喰い裂かれたら、咲のやわい体などズタズタにするなど造作もないだろう。鋭い爪をした手を握ったり開いたりしながら、一歩ずつ距離を詰めてくる鬼に、咲は命の終わりを知った。

(でも、私の命で、邑が少しの間、平穏で居られるなら……)

無駄ではない。だって、邑の人たちは常にあやかしを恐れていたもの。そう思いこもうとした時。

「朧よ、控えろ。これよりこの娘は、我が一族がもらい受ける」

びゅうと桜吹雪があたりに舞い踊った。途端に、背筋を凍らせるように冷たかった空気が一変、春のようなあたたかさに包まれる。

風の流れによってふわりと桜の花びらが舞って、咲の視界を埋め尽くし、やわらかな風に乗った花びらが通り過ぎると、鬼の視線の先に、この世ならざる美しい青年が佇んでいた。

闇のような漆黒の長い髪。切れ長の目は燃えるように赤く、上背は木にくくられている咲が天を見上げる形で仰がないと顔が見えない程もある。裾に赤銅色がぼかされた白の着物は、耀かんばかりの滑らかさで、彼の挙動をその場で待っている。邑のどの人とも比べられないほど美しい青年を前に、咲は呆けた。

『そのものは、我の獲物……。結界を超えた、人間……』

一方、こだまのような声を発するのは、鬼だ。声にそちらを向けば、相変わらず彼の視線は咲にあり、青年の隙をついて、咲を喰らおうとしているのが分かる。じりじりと間合いを詰めてくる鬼を前に、空気のぬくもりで気を取られていた咲は、相変わらず自分の命が危ういのだと思い知り、ふるりと震えた。

咲を捕食しようと、鬼が腕を振り上げる。ひゅっと爪先が空気を切り裂く音がして、自分の命の終わりを見た咲の前に、ひらりと青年が躍り出た。青年は腰に携えていた大太刀を振るい、咲に襲い掛かろうとした鬼を一刀両断にした。ぎゅっと大太刀の柄を握る手が咲の目の前に現れ、太刀に切り裂かれた鬼が、あまたの毒々しい光の粒となってその場から立ち上り、消えていく。

その、異形であった鬼の成りと光の粒の色の禍々しさ、それとは逆に消えていった光の儚さという相反する光景を見つめていると、太刀を腰に佩きなおした青年は、造作もなく咲がくくられていた縄を解き、やすやすとその腕に咲を抱きあげた。

先ほどは気付かなかったが、その指の先は爪が鋭い長さで咲を抱えており、人に見えるとはいえ、結界の外に生きるものはあやかし。咲はその存在の手中に収まってしまったことに、体をこわばらせた。

「ひゃっ」
「恐れることはない。おぬしは我が一族の恩人。丁重にもてなそう」

しかし、爪の鋭さに反して穏やかな笑みを湛える青年が先を見つめる。家族に縄で縛られてから緊張の連続だった咲の心は、鋭い爪に捕らえられた事実に限界を超え、青年に抱きかかえられたまま意識を手放した。