まるで異界に来ているようだ、と思っていると、千牙は迷いもせずに咲を四階へ連れてきた。そこには様々なドレスが並んでおり、彼の姿を見た女性店員が、少々お待ちくださいませ、と奥へ消えると、直ぐにスーツをぴしっと着こなした店員がにこやかにやってきた。
「手紙で上から知らせを頂いておりましたが、本当にお越しいただけるとは……!」
上? 上階のことだろうか。
疑問が顔に出てしまったらしい、千牙が口の前に人差し指を立て、口の動きだけで、帝のことだ、と教えてくれた。
なるほど、さっき彼が語った理由がそこに行き着くわけだ。
「あいつは幼い頃から市井を知りたがったから、風花と乳母に連れられて、時々立ち寄っていたらしい。街中の洋装品店に連れて行かなかっただけ、乳母は頑張った方だったが、それでも興味は尽きなかったようで、路地裏の茶店などに寄った、という話も聞いたことがある。あいつの父親と会うと、そのことを楽しそうに話してくれたのだ」
千牙の顔が幼子と紡いだ記憶を思い出したような穏やかな表情だったので、贄の問題はあっただろうが、彼ら自身の関係は良かったのだろうと、推察した。そもそも自分を帝に紹介してくれたときも、気さくな雰囲気だった。
ずっと責務を抱えて人妖界に立ち続けていた千牙と、出会うべくして出会った帝と風花の間にそんな歴史があったことが嬉しい。きっとそのとき、彼は何気ない会話に癒されていたのだと思うから。
「?」
咲は、ふと感じた胸の違和感に気付いた。胸の奥に小石を置かれたような、そんな、小さくわずかな重さ。
(なにかしら)
小石の正体は分からない。しかし、なにも感じていなかったときより、少し、心が重たい。
「どうした?」
不意に、声が掛けられて隣を仰ぐと、千牙が心配そうにこちらを見ていた。すると小さな小石の重みはするりと溶けてなくなる。
(?)
ますます、今の違和感の正体が分からなくなる。彼の気遣いに、なんでもないです、と応えるしかない。
「本当に大丈夫なのか」
「はい。初めての場所で、少し緊張しているのかも知れません」
咲のいらえに千牙は、そうか、と頷いて、続けた。
「気分が悪いなら店内のカフェーで休んだ方が良いが、今日はおぬしのドレスを選ぶことが目的ゆえ、体調が悪くないのであれば、先に決めてしまおう。茶はあとでゆっくり飲めば良い」
「はい」
そう頷くと、今度こそ彼は店員に向き直った。



