【長編版】無能の少女は鬼神に愛され娶られる






千牙に伴われて人界を訪れた咲は、スズが選んだ、柑子色に桃色の撫子柄のかわいらしい着物を纏っていた。帯は蝶に結び、やわらかい印象に仕立ててもらった。
隣を歩く千牙は、光に当たると褐色に見える羽織に濃紺の着物を着ている。今も帝都の雑踏を歩く彼の羽織が陽光に輝いて、瞳の緋色と相まって、柳の緑を背景にとても美しい絵のようだ。

周りをよく見れば、すれ違う女性がみな彼を振り返っていく。なかにはぼうと見とれて立ち止まるものも居るくらいだ。無理もない、と咲はこっそり胸の内で思う。
それと同時に、平凡以下の自分がその隣を歩くことに引け目を感じてしまう。しかしスズが太鼓判を押してくれた格好をしているのだから、と、自分の内面が伴わない事実に蓋をして、せめて背筋をしゃんと伸ばして足を前に出す。

「歩むのは疲れないか」

ふと、千牙は気遣ってくれる。それに微笑んで首を横に振った。

「豪華な着物にも慣れてきましたし、里や帝都のお屋敷から宮城に通うのとはまた違う景色で、とても楽しいです。周りの方々が華やかだなあと」

きょろきょろと周囲を見渡す。着物の人もそもそもが邑の人のように古ぼけていない。それにみんな楽しそうで生き生きとしている。洋装の人なんて歩幅が違うから、とても颯爽と歩いて行く。その、潔いくらい前を向く姿勢に、咲は憧れの視線を送った。

彼らが通り過ぎる店もいちいち目新しい。洋装品店であるテーラーや新聞社、カフェーやキネマもある。本屋には様々な雑誌や本が並び、詰め襟の学生や葡萄茶式部が賑やかに品定めをしている。通りの活気に、飲まれそうだった。

「そうだな。帝都には新しもの好きが沢山居る。気になるものがあるなら、ついでに買うか」

しれっととんでもないことを言われて、仰天する。

「と……、とんでもないです! そもそも、一度しか着ない洋装を仕立てて貰うのも、申し訳ないと思っているんですから……」
「そうだなあ、向こうでは馴染まぬだろうしなあ……。しかしおぬしが向こうでも着たいというなら、場所を作ってもいいんだぞ?」

これまたとんでもないことを言われて、ぶんぶんと首を横に振った。あまりの反応だったのか、千牙は面白そうに笑った。

「まあ、良い。パーティーを口実に、咲を飾る正当な理由が出来たことだし、多くは求めないでおこう」
「千牙さんからは、十分すぎるほど着物を頂いてますが……」

咲が言うと、彼は苦笑を漏らした。

「しかしあれらは本来、里で咲を飾るためのものではないからな。勿論美しいものを身につけてほしいという願望はあったが、正当な理由にはならない。その点、今回は大手をふるって咲に選べるからな。私も楽しみなのだよ」

着飾っても似合うかどうか……、とは思うが、咲自身も美しい千牙の推薦を受けるのだから、少しくらいは見栄えが良くなりたい。結局は、ありがとうございます、と礼を言う。
やがて歩いてたどり着いた先は、とりわけ大きな建物だった。