「いや……。せっかく助かった命を無駄にしてはいけません。しかし、その話が本当なのでしたら、面白半分で人間にあやかしをけしかけるなどという蛮行が平然と横行してしまう……。人界は恐怖のどん底に落ちますよ」
「どうしたらよいのでしょう……!」
顔面を蒼白させながら、芙蓉は灯影に問うた。彼は難しい顔をして黙ってしまう。
咲の悪行を人に信じて貰って、芙蓉の胸は幾分すっきりしていた。しかし、まだ姉に対する苛立ちが残っている。なぜ無能の女があの美しい青年に慈しむように抱きかかえられ、美しく破妖の能力高い自分が邑を追われ、住む場所すらなくさなければならないというのか。
(本当に、腹が立つわ……! あんなみすぼらしい無能が、あんなに強くて素敵な方に抱きしめられただなんて……!)
灯影はこんな屋敷に住んでいるくらいだ。あんな古くさい邑からも出られたし、ましてやここは、憧れた帝都。このまま彼に取り入れば、裕福な生活は出来るだろう。
しかしこの男は顔が趣味ではない。金は持っていそうだがあまり美しくないし、なんといってもあのとき自分に怜悧なまなざしを向けた青年に比べてたら、月とすっぽんで、比べるまでもない。
そんな彼に、咲は宝物のように抱かれていた。あの場面を思い出して、芙蓉のはらわたは煮えたぎる。
(そもそもあのお方が人妖調停者さまなら、あの無能ではなくて、人界を守る力を持つ、私に手を差し伸べて跪くべきよ……!)
この苛立ちは、少しのことでは収まらない。そう、姉が手に入れたものを全て取り返すくらいしないと。
憎悪の炎に身を焦がしていると、灯影が重苦しい表情で口を開いた。
「……芙蓉さん……。実は今朝、人界を救う巫女が現れたとして、人妖調停者さまもご臨席の上、宮城で彼女の披露目の儀式を行うと、新聞に記事が載っていたのですが……」
彼の言いよどむ先を察知する。
「まさか……、お姉さまが!?」
「この記事だけではなんとも言えませんが、調停者さまが『人界を救う巫女』として取り上げるなら、新たにあのお方の目に留まった方、ということになります。今まで陛下に仕えていた巫女のうち誰か、ということも考えられますが、姉君に惑わされている調停者さまがどなたと取り上げるのか……、と考えたとき、芙蓉さんの推測は、正しいような気がするのです……」
ぱさり、とサイドテーブルに新聞が置かれる。それを奪うように読むと、そこには確かに『新たなる巫女が、人界を救う!』という大げさな見出しと共に、調停者がひとりの巫女を言の葉の巫女として帝に推薦し、受諾された、とあった。
「……っ!」
「なんてこった!」
愕然とする芙蓉の手に握られた新聞をのぞき見た富子もまた、驚きの顔で膝に拳を打ち付けた。
(なぜ……。なぜ、無能ばかりが選ばれるの……。何の力もない役立たずで、あんなにみすぼらしいのに……!)
手が、新聞を握りしめる。怒りに震える両手で、新聞を投げつけなかっただけ褒めてほしい。
「灯影さま! このままでは人界も妖界も、姉に騙されてしまいます……! 真実を知っているものとして、それだけは止めたい……。どうしたら良いのでしょうか!」



