【長編版】無能の少女は鬼神に愛され娶られる


「おぬしは喜ぶもののために働きたがる。その心を私はとても美しいと思うが、しかしおぬしの体はおぬしでなくては支えられない。おぬしがその心意気と体の均衡を取れるように、ひとつ私が助力しよう。待っていろ」

千牙は咲にそう言うと庭に降り、桜玉の細い枝をポキリと折って戻る。咲が見守る中、腰に携えた太刀の根元で器用に枝を細工していく。手のひらに出来上がったのは、小さな桜の形をしたお守りだった。咲に渡すと、彼女はそれを手に置かれたまま、千牙を見た。

「これを身につけていなさい。私(・)の(・)力(・)でおぬしの力の使い方を制御できる。無限に力を使えなければ、無理をすることもなくなるだろう?」

いわば、安全装置だ、と笑って言うと、咲も少し情けなさそうに苦笑した。

「そうですね。私が元気でないと、私が頑張れませんものね」
「そう、そうだ。良い子だな、咲は」

ぽん、と頭に手を置き、ゆったりと撫でると、彼女は照れたような笑みを見せてくれる。
至らなさを情けなく笑う顔も、子供のように扱われて照れるように笑う顔も、今までは見られなかった彼女の表情だ。

出会ってから常に前を向いてきた彼女の、そんな、立ち止まり、足下を見て後ろを振り返るような様子に、千牙は彼女が少しは里(ここ)で気を抜く瞬間になってくれたかと、ほっとする。それと同時に、随分頑張らせてしまったのだな、と、己の采配を反省した。

「この先私は、常におぬしが健やかで良き時間を送れるよう、いついかなるときもその桜(我が名)を通して力を尽くそう」

真名宿る桜の木が彼女と常に共にあれば、千牙本人が及ばずとも咲のために出来ることがある。
そう宣誓してみせると、彼女はお守りをそっと手に包んで、笑みを深くした。そして眼差しを上げて、見上げるは、己の眼(まなこ)。

「でしたら、私はこの桜に誓います。我に【役】する。いついかなる時も、おにかみの長の真名に恥じない行いを」

瞬間、その場にぱりっとやさしい放電が起こった。それは咲の体を緩く縛り、口許に渦を巻いて、一度で消えた。
言霊の力だ、と分かった。風花が咲の挨拶を力ある言葉、と評したあの力にも似たものだ。無論、彼女が鍛錬したことにより、その威力はあのときよりも増している。

(すごいぞ……。咲は本当に、力を付けつつあるのだな……)

腹の底からふつふつと湧き上がる何かを感じた。肌の上を、ぶるりと震えが走る。
そんな千牙に気付かなかったのか、咲は里の鬼たち三人に微笑んだ。

「こうすることで、千牙さんの名前を守れると思います。里の皆さんも、人間風情が長たる千牙さんの真名を知っていることは、きっと許しがたいことだと思いますから」

長たる自分が許したのだから、気にすることはないと思ったが、相手を思うことの出来る行為は、きっと朧を言祝ぐ彼女の本質と同じなのだろう。ばつ悪そうに笑う鬼たちを叱ることも出来なくなる。
そんな彼らを見ていて、ふと気付く。

思えば咲は破妖の家に生まれたのだった。古き協定が結ばれた後、連綿と人界に受け継がれてきたその力が開花しなかったのは単に無能だからではなく、彼女の命に対する労りがあったからなのだ。だから彼女の力は命を葬ることではなく、命を救うことに活きた。彼女は彼女の思いで力の使い道を選んだのだ。

(すばらしい……。このようなことが出来るとは……)

千牙は咲に会ってから何度目かの感嘆のため息を零した。