「おい、無能じゃないか」
「裾まくっちゃって、俺らを誘惑でもしてんの?」
背後から掛けられた言葉に、はっと振り向く。そこには下卑た笑いを浮かべた男がふたり、こちらを見ながら立っていた。
「あ……っ」
ぱっと臑を隠すように着物をいじるが、返ってそれが、彼らの笑いを助長した。
「あっはっはっは! そんなガリガリな体で男を誘えるとでも思ってんの!? 芙蓉さまみたいな女らしい体ならともかく!」
「どんだけ自意識過剰だよ!」
「芙蓉さまはあんなにふくよかで美人で、こっちがお願いしたいくらいなのにな!」
「姉妹なのに、お前ってほんと残念なやつ!」
「仕方ねーよ。無能、だもん。なーんにも才が無い、んだもんな!」
腹を抱えるほどげたげたと笑って、彼らは行ってしまった。裾をいじった手をそのままに、咲は項垂れる。
邑の人にとって自分が、破妖師としても、女としても、もちろんひとりの邑人としても、価値がないことは分かっている。でもそのことを突きつけられて、辛くないわけではない。
(でも……、その方がいいのかもしれない……)
自分のような無価値な人間に、芙蓉のような家を継ぐ義務があったら、咲はきっと誰にも選ばれない。だって、名前も呼んでもらえないくらい、価値がないのだから。それなら、ただ家畜のように、家族や邑人たちにとって、働くだけのもの、として扱われた方がいい。
咲は暗い気持ちを振り切って、もう一度畑に向き直った。
「お食事は、なににしようかな……」
母たちの昼餉に出す献立を考えながら、植えてあった根菜を抜いていく。葉物も少し、と思って視線を移したところで、ふと視界に入る、黒い薄もやのようなものがふたつ、あった。朧(おぼろ)だ。
朧とは、黒いもやの塊のような成りの、最下級のあやかしだ。人に危害を加えることは出来ない為、咲は、何故か邑に迷い込んだ朧を、結界の外に逃がしてやっていた。今、咲の目の前には二体の朧。どちらもするりと結界の外へ行こうとせず、なにやら躊躇っているようだった。
「あなたたち。ここに居るとお母さまたちに狩られてしまうわ、お逃げなさい。結界の外なら、あなたたちの住む場所もあるでしょう」
彼らの身を案じながら、咲の心はつきりと痛む。彼らには帰るべき場所がある一方、咲には寄る辺となる場所がない。その事実に心を暗くしながら彼らの様子を窺ったが、朧は言葉を持たないため返事もない。しかし、二体の朧は体を震わせながら、どうやら咲を見ているようだ。
「どうしたの? 何か気になるの?」
彼らが命の危険が迫る中で躊躇うことを知りたくて、咲はこう提案した。
「では、あなたたちをこう呼びましょう。あなたはハチ、そっちの子はスズよ。さあ、ハチ、スズ。私になにを伝えたいの?」
名を呼ばれない悲しさを知っている咲は、出会う朧に積極的に仮の名をつけて交流してきた。咲がそう呼ぶと、朧たちはにわかにその色を濃くする。その時。
「裾まくっちゃって、俺らを誘惑でもしてんの?」
背後から掛けられた言葉に、はっと振り向く。そこには下卑た笑いを浮かべた男がふたり、こちらを見ながら立っていた。
「あ……っ」
ぱっと臑を隠すように着物をいじるが、返ってそれが、彼らの笑いを助長した。
「あっはっはっは! そんなガリガリな体で男を誘えるとでも思ってんの!? 芙蓉さまみたいな女らしい体ならともかく!」
「どんだけ自意識過剰だよ!」
「芙蓉さまはあんなにふくよかで美人で、こっちがお願いしたいくらいなのにな!」
「姉妹なのに、お前ってほんと残念なやつ!」
「仕方ねーよ。無能、だもん。なーんにも才が無い、んだもんな!」
腹を抱えるほどげたげたと笑って、彼らは行ってしまった。裾をいじった手をそのままに、咲は項垂れる。
邑の人にとって自分が、破妖師としても、女としても、もちろんひとりの邑人としても、価値がないことは分かっている。でもそのことを突きつけられて、辛くないわけではない。
(でも……、その方がいいのかもしれない……)
自分のような無価値な人間に、芙蓉のような家を継ぐ義務があったら、咲はきっと誰にも選ばれない。だって、名前も呼んでもらえないくらい、価値がないのだから。それなら、ただ家畜のように、家族や邑人たちにとって、働くだけのもの、として扱われた方がいい。
咲は暗い気持ちを振り切って、もう一度畑に向き直った。
「お食事は、なににしようかな……」
母たちの昼餉に出す献立を考えながら、植えてあった根菜を抜いていく。葉物も少し、と思って視線を移したところで、ふと視界に入る、黒い薄もやのようなものがふたつ、あった。朧(おぼろ)だ。
朧とは、黒いもやの塊のような成りの、最下級のあやかしだ。人に危害を加えることは出来ない為、咲は、何故か邑に迷い込んだ朧を、結界の外に逃がしてやっていた。今、咲の目の前には二体の朧。どちらもするりと結界の外へ行こうとせず、なにやら躊躇っているようだった。
「あなたたち。ここに居るとお母さまたちに狩られてしまうわ、お逃げなさい。結界の外なら、あなたたちの住む場所もあるでしょう」
彼らの身を案じながら、咲の心はつきりと痛む。彼らには帰るべき場所がある一方、咲には寄る辺となる場所がない。その事実に心を暗くしながら彼らの様子を窺ったが、朧は言葉を持たないため返事もない。しかし、二体の朧は体を震わせながら、どうやら咲を見ているようだ。
「どうしたの? 何か気になるの?」
彼らが命の危険が迫る中で躊躇うことを知りたくて、咲はこう提案した。
「では、あなたたちをこう呼びましょう。あなたはハチ、そっちの子はスズよ。さあ、ハチ、スズ。私になにを伝えたいの?」
名を呼ばれない悲しさを知っている咲は、出会う朧に積極的に仮の名をつけて交流してきた。咲がそう呼ぶと、朧たちはにわかにその色を濃くする。その時。



