「駄目よ。そんなこと、千牙さんだって望んでいないし、私だって望んでいないわ。生きるために、殺生は避けては通れないけど、でも出来るだけ少ない方が良い」
人界から妖界へ出す贄だって、本当だったらない方がいい。でも、あやかしだって食べていかねばらならない。何故あやかしは人間を襲わねばならないのかと人間の咲は疑問に思っていたが、ハチの言葉からそれも必要なことなのだと知り、贄がなくても良いなどとも言えなくなった。
命を繋ぐことに必死だった頃は分からなかったこと。
生きるということは、難しいものだな、と咲は感じた。
*
ハチの持つ洋燈の鬼火が道を指し示し、霧の立ちこめる見通しの悪い道を通り抜けて、里の入り口が見えてきた。鬼火のおかげで他の里のあやかしに出会うことなく、それ故に咲は無事に里に帰り着けそうだ。
人界に行くときに乗った馬車から見る景色も、それはそれで珍しく楽しかったが、ハチと二人でしゃべりながら道を歩くのも、里で丁寧にもてなされる時間とは違い、道ばたに咲く蒲公英同様、咲の心を穏やかにした。
「ああ、里が見えてきましたね。咲さまお疲れ様でした」
ハチがにっかりと笑って振り向くと、その瞬間、彼の向こう、霧に隠れた茂みの中からザザッという音と共に何かが飛び出てきた。



