【長編版】無能の少女は鬼神に愛され娶られる









千牙と眞人が話し合っている頃、咲はハチと共に、宮城を出て妖界へ帰ろうとしていた。来たときと同じように鳥居へ行くために歩いていると、砂利を敷き詰めた道の脇に黄色い花が咲いていた。蒲公英(たんぽぽ)だ。
お日様の色の花に心を和ませながらも、咲は邑での生活を思い出す。

(この花は勿論、根っこだって、洗って食べたわ……。おなかを満たすためだったら、何でも食べたもの……)

あのときと違い、今の咲は美しい着物を着、美味しい食事を食べさせて貰っている。しかし里に帰ったらやはり、木の実などを採取していいか聞いてみよう。咲が蒲公英を見つめていたのを見て、ハチも思い出深そうに口をほころばせた。

「思い出しますね。咲さまは邑でこれも食べてたし、通草(あけび)や山葡萄(やまぶどう)も採って食べてらした。人間が草で命をつなげることを知らなかったから、槌に草を植えて世話をして収穫しているのも驚きましたし、食べるための草の世話をしているのに、通草や山葡萄はともかく、この花の根を掘り出して洗って食べ始めたときは、いつも畑で野菜を沢山採っておられるのに、どうしてそんなものを食べているのかと、不思議に思ってたんですよ」
「朧は結界近くにしか、いられなかったものね」

邑の中に入ってくれば、たちまち両親や芙蓉に狩られてしまっただろう。それを朧たちも分かっていたから、中に入り込んでくることはなかったし、だから結界近くの畑に収穫に行ったときしか、咲は彼らと話すことは出来なかった。

「でも、黄色いこの花には、とても元気を貰えます。何ででしょうね。あやかしは力を維持するために生気を沢山必要とするけど、朧の俺は、そんなに必要ないから、小さな花を見ても、元気になるんでしょうか」

不思議そうなハチに、咲は微笑んだ。

「きっとおなかがいっぱいになるっていうことではなくって、ハチの心が、いっぱいになっているのよ。だから元気が出るんだわ」

私もそうだもの、と咲は続けた。
不思議だ。邑にいた頃は、この花を見ても心なんていっぱいにならなかった。でも今は、この花を見ると心がふわっとあたたかくなる。

きっと、今の自分が恵まれているからだ。だって、飢えないということがこんなにあたたかい気持ちをもたらしてくれるなんて、邑に居た頃は知らなった。
あの頃は、毎日毎日、生きることに精一杯で。いや、もしかしたら生きようなどとは思ってもいなかったのかもしれない。

朝から晩まで家族のために働いて。食事もまともにあるわけがなく、腹は減っても疲れで泥のように眠るだけ。もっと体が休みたいと言っているのに、鳥が鳴く前には起きて仕事をしなければならない。そんな時間の繰り返しだった。

時間に追われ、怒号に追われ、鞭の傷は絶えず増え続けた。
黄色くかわいい花を見ても、何の感動も持てず、飢えを満たすためにむしり取って食べてしまうばかり。
朧のハチが蒲公英を見て心をあたたかく出来ているのなら、それは千牙が彼を顕現させたから。彼が行った善行のひとつだろう。
咲の言葉に、ハチはやはり目を潤ませる。

「俺は幸運ものですよ、咲さま。咲さまに出会わなかったら、悪鬼化して悪食ものに喰われていたかもしれない。そう思うと、俺の命はやっぱり咲さまや長のために使うべきだと思うんです」

彼の言葉に、しかし今度も首を振る。