「いいかい。今から邑長(むらおさ)がやってくる。長の話はきっと破妖に絡む話だ。同じ血筋なのに破妖の才のない無能のお前は、我が家のお荷物でしかないんだから、せめてあたしらがお腹いっぱい食べられるように、食事をいっぱい用意するんだ。お前の分まで働いてくるあたしたちを労う気持ちで作るんだよ!」
「はい、かしこまりました」
「あと、芙蓉の着物を時間までに間に合わせるんだ。芙蓉は今日、邑長の話が終わったら護衛で邑長と一緒に帝都へ行く。向こうで買い物をしたいと行っていたから、帝都の令嬢たちにも引けを取らないようにきちんと着物を仕上げるんだよ!」
邑長が帝都に行くと言うことは、なにか重要な話し合いが行われるということだ。どんな話し合いが行われるかなど、無能な咲には見当も付かないが、邑を維持していくために必要な話し合いだろうということくらいは分かる。
しかし、邑長がそんな話し合いに行く割に、護衛の芙蓉が行った先の帝都で買い物を楽しめるくらいには、まだ切羽詰まった話し合いではないのではないかと、思ってしまう。
そんなことより最近の邑人たちのもっぱらの噂は、古き協定に約束された贄のことだ。前の贄を妖界に出してから今年で十年目なので、芙蓉も富子も、自分たちにお鉢が回ってこないよう、邑人に対して破妖の力を示してその任から外れようとしている。邑としては守ってくれる破妖師を失うわけにはいかないので、彼女たちの心配は杞憂だと思うのだが……。
そんなわけで、咲がたった今なすべきことは、芙蓉が帝都に着ていく着物を綺麗に洗い直し、出立までの日差しで乾かして彼女の着替えに間に合わせることだった。
「かしこまりました、奥さま」
「それから、邑長が持って行く邑人名簿に間違いがないか、きちんと改めておくんだ!」
「はい、そちらも必ず」
咲が再び頭を下げると、富子は家の奥へと消えていき、入れ替わりに妹の芙蓉が現れた。芙蓉は豪奢な絹をまとい、咲の腕の赤いあざを見ると、あざけるように笑った。
「無能。お母さまの声が聞こえたけど、本当にお前は使えないのね。全く私と同じ血縁であるなんて思えないくらいの、無能さ。そのくせ、そのみすぼらしいなりで私の目の端に入る図々しさだけは、あるなんて、いっそ清々しいわ。本当に、私とお前があねいもうとであることの事実は、許しがたい天の采配だと、私思っていますわ」
芙蓉は父母の咲に対する扱いを学んで、咲を敬おうとする気持ちを持たなかった。家族のお荷物である限り、仕方ないのかもしれない。
「申し訳ありません」
「本当に申し訳ないと思ってるの? だったら、今すぐこの家から出て行ってくれればいいのに。そうしたら、お父さまもお母さまも私も、みんな、無能で何も出来ないお前の世話をしなくてもよくなるもの。破妖の仕事だって、昔から私たち三人でして来たんだもの、今更無能が居なくなったって、私たち、なんにも困らないわ」
芙蓉の言葉に、何も言い返せない。黙って俯いていると、芙蓉はあっという間に咲に関心を失くして、咲が項垂れる前を通り過ぎて行った。きっと、邑長を待ち構えるために広間に行ってしまったのだろう。はあ、とため息が零れるが、それすら息の無駄遣いのような気がした。
家に居ても役に立たない為、咲は邑外れの畑に来た。ここの畑は結界が近いために邑人は使いたがらず、安値で両親が買い上げた。近年広げた部分もあって、その部分はまだ痩せているが、これから世話をしていけば、やがて作物が実るようになる。
この畑を世話するのは咲一人で、家族が手を入れることはない。畑仕事は、時に天候にも左右されるが、おおよそ咲が手を入れただけその成果を咲に見せた。故に努力が実るこの場所は、咲の心の拠り所のような意味合いも持っていた。
「よいしょ……、っと」
畑仕事をするために、ぼろぼろの着物の裾と袖をまくる。ガリガリに痩せているとは言え、咲も自分が女である自覚はある。肌を露出させることに羞恥はあるものの、母に言いつけられた仕事の効率を考えてこのような格好をする。邑外れなので邑人はほとんど通りかからないため、それが救いとなっている。……と。



