「? どうしました?」
「あ、いえ。何でもないのです」
咲は風花に不審がられないように首を横に振った。彼女は特に疑問を持たなかったようで、別の書物を書棚から出してきた。表紙をめくると先ほどの書物より少し文字が込み入っているように見える。
「これはいわゆる言霊を扱うときの巫女言葉です。言霊を操るときの言葉は、特に力を持ちます。ですので、使い方を間違えると思わぬ結果を生みます。そうならないために、この書物で学ぶのです」
やはり咲はこくりと頷く。ぺらりと頁がめくられ、具体的な話になるようだ。
「言霊を扱うときの巫女言葉には順番があります。例えば、『これは、木、である』と、『木は、これ、である』では、意味合いが違うでしょう? それと同じことが、言霊を扱うときの巫女言葉には生じます。ただの言葉ではさして問題になりませんが、巫女の力を持つものが言霊を行使しようとしてこの間違いをおかすと、時に大変な結果を招きます。それをきちんと、知っていてほしいのです」
「はい」
素直な返事に、風花は頷く。頁をめくり、次の説明だ。
「言霊の行使には基本的に『【役】』という特殊な巫女言葉を使います。これですね」
と言って、風花はひとつの文字を指し示した。
「文法は、『~~と【役】する』となり、『~~』の部分のような役割を持たせる、という意味です。ですから、朧の名づけは、『汝、~~と【役】する』となりますね」
咲は風花の説明をぽかんと聞いた。自分のやり方は、まるで合っていなかったのである。戸惑いを口にすると、今度は逆に、風花が目を丸くした。
「まあ……。であれば、あなたの巫女たる資質は相当大きいのね……。そんな方法で何かの存在に言葉の力を行使することは、普通は考えられないので……」
風花の言葉に、さらに咲が目を丸くする。自分のことは、まるで分らないのだ。
「なるほど……。だから調停者さまは咲さんを是が非でも手元に置きたいのね……」
ぽつり、と風花がひとり納得をしたように言葉をこぼした。意味が分からなくて、問う。
「? どういうことでしょうか……」
「あ、ああ、気にしないで。私の推測でしかないのですから。あなたにとっての事実は、あなたが巫女としての力を行使できるようになることを調停者様が望んでいらっしゃるという、ただそれだけですよ」
何度目かの微笑みを浮かべて、彼女は言った。疑問は残るが、確かにそうなので、咲は頷いてそのことについては口をつぐんだ。



