咲は彼らの前を辞し、早速風花について巫女修行を始めることになった。
「先ほど『力ある言葉と、ない言葉がある』と言いましたが、私たち巫女が使う巫女言葉には、言葉に責任を持つための文法があります。これを用いて自分の持つ言葉の力を高め、言葉に責任を持つ代わりに言葉の力を行使するのです」
例えば、と風花は続ける。
「先ほどあなたは、これから巫女たる力を行使できるよう、修行を頑張るという意気込みで、私に『よろしく頼む』と言い、自分に対して『頑張る』と命じました。私はあなたの言葉を受けて、覚悟の決まったあなたに教えを施そうと思いました。……この、言葉により行動を紐づける関係は分かりますね?」
彼女の説明にこくりと頷く。
「あなたが行ったという朧の名づけも、おそらく同じような理屈でしょう。ですからこれから行う修行はあなたの感覚とかなり近いと思います。そのうえで、巫女言葉の仕組みを正しく理解すれば、あなたの才をより効率的に発揮できます」
咲は再びこくりと頷く。風花はそれに頷くと、書棚から一冊の書物を取り出した。表紙に『巫女言葉教本』とある。差し出されたそれの頁をめくると、巫女が言霊を扱うときの作法が書いてあるようだった。
「巫女言葉にはそこに書いてあるようにいろいろあります。例えば神に奉じるときの言葉。人々に神の言葉を正しく伝えるための言葉。それだけではなく、商人が商いを結ぶための言葉や、そもそもあまたの言葉を覚えようとする子供に諭す言葉もあります。言葉を正しく扱う巫女は、時に言葉の指南役として、この国では働きます」
書物に書かれた、神に奉じるときの文法。神託の正しい広め方。商いを結ぶには独特の言い回しをすること。そして言葉を学ぶ人に、言葉の使い方を教える方法について、それぞれ作法と気を付ける使い方などが書いてあった。
「あなたは調停者さまたっての希望で巫女となるよう修行するのですから、商い言葉などはまずは気にしなくてもいいでしょう。人々への教育も同様です」
「はい。千牙さんには朧の名づけを、今後も頼まれています」
「なるほど。ではそちらの方面で学んでいきましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
咲が頭を下げると、風花は微笑んで頷いた。
……そのとき、窓の外から、視線を感じた。ふっ、と、咲が窓の外を見るが、特段変わった様子はなく、窓の外には木々の枝葉がさわさわと揺れていて、誰かがいた様子もない。そもそもここは地上階ではないのだし、窓の外から室内をのぞき見るのは不可能だ。



