【長編版】無能の少女は鬼神に愛され娶られる




帝が呼んだのはひとりの巫女だった。意志の強そうな瞳が印象的な、歳は二十五を越えているだろうか、落ち着いた佇まいで、帝と千牙、そして目の前にいる咲に対して恭しく頭を下げた。



「まあ、面を上げよ、風花(かざはな)」



気安い口調の帝に対して顔を上げた巫女は、すっと目を細めて彼を見た。



「陛下、何用でございましょうか。また後宮に入れる妃のご紹介ですか」



巫女の第一声に千牙がくっと笑いをかみ殺す。



「いやいや、誤解が甚だしいぞ、風花。今度はきちんとした用件だ。実は調停者殿のご推薦で、この娘を巫女として育ててほしいのだ」

「彼女は朧に名前と付けることをやってのけた。彼らの顕現は私が行ったが、朧の性質を定める力はある。言の葉の巫女としての力は備わっているはずだから、これをもっときちんと使えるようにしたい」



帝が言葉と共に咲を示し、彼の説明に千牙が解説を加える。

巫女、と言われて初めて彼女は咲を正面から捕らえた。力のこもった瞳で見つめられて、思わず後ずさりしそうになる。しかし自分は此処に、千牙の役に立つために居るのだと思い直し、ぐっと腹に力を入れた。



「さ……、咲、と申します。よろしくお願いいたします……」



なんとか自己紹介をし、風花に向かって頭を下げる。受けた彼女はしばらく沈黙を保っていたが、やがて、ふ、と息を漏らした。



「なるほど。調停者さまは確かな目をお持ちでいらっしゃる。だから眞人(まのと)さまも私をお呼びになったのですね」



帝を眞人と名前で呼ぶ風花を驚きの目で見ていると、彼女は穏やかな微笑みを浮かべて口を開いた。



「驚きになるのも、ごもっともです。陛下が先んじて私のことをご紹介くだされば、あなたの混乱もなかったでしょうに、抜けておられるのか楽しんでおられるのか、私にも判別がつきません」



多少あきれた表情を交えながら言葉の後半を帝に向けて言う風花に、帝のそうだったな、と頷いて彼女について説明してくれた。



「風花は私の乳母の娘なのだ。いわば乳兄弟でな。性格に難はあるが、巫女としての能力は高い。安心して身を任せても良いと思う」

「私からも推薦しよう。腕は確かだから、咲は心配することない」



帝と千牙の言葉に風花は呆れたように視線を返す。



「人ひとりを預けようというのにその言い草はどうでしょうか。ですが陛下のお命じとあらば、受けぬ訳には参りません。調停者さまから請われたなら、なおのこと。安心してください」



再び微笑みを向けられて、咲はもう一度頭を下げた。



「よろしくお願いいたします。頑張ります」

「まあ、よろしいお返事だこと。本当に、力のある言葉」



顔を上げれば風花がにこにこと笑みを浮かべている。力のある言葉、とはどういうことだろうか。不思議に思っていると、彼女が説明してくれる。



「世の中には力ある言葉と、ない言葉がある、という捉え方が私たち巫女の考えです。自分の意志を明確に伝えるとき、相手に何かを作用させるとき、言葉は力を持ちます。勿論、普通の人でもこれは行えますが、特別な力を作用させるためには遣い手の資質が必要で、私たち巫女はその言葉の力を借りて、神への祈りを捧げるのです。咲さんの今の言葉には確固たる意志が存在し、且つ、あなたに備わった力によって、それを実現するための作用が加えられた、と言っていいでしょう」



風花の説明に咲はなるほど、とこっくりと頷く。その様子に満足した彼女は、して、いつから始めましょうか、と上段の間にいる二人に聞いた。



「そうだな、咲には巫女修行の他にもやることがある故、定期的に帝都(ここ)に通わせようと思っている。人界に滞在するときは傍付きを一人用意するから、都にある私の屋敷に送り届けてくれ」

「承知した」



帝が千牙にそう頷き、話がまとまった。