まるで相手の喉笛を食いちぎろうとしている獣のような、唸りを含んだ声だ。驚いた咲が隣を仰ぐと、千牙が剣呑な光を帝に向けている。そして先の声は聞いているこちらがはらはらしてしまって、思わず肩に置かれたままの千牙の手にそっと触れた。響いたのは、大きな声。
「は、は、は! 貴殿のそのような顔を拝めるとは、私はどうやらこの人生で随分と徳を積んだらしい。いや、私が悪かった。まずはその剣を納められよ」
肩を震わせて笑っている帝を、ぽかんと見る。一方の千牙は、はあーっと大きな息を吐いた。
「いかにも咲には人の世界の生がある。だが、そこに無理を言って私が引き留めている。ひとつは彼女に備わった言の葉を操る力故。もうひとつは……、言わずとも聡い(・・)お前になら分かるだろうが」
「いやしかし、彼女は本当に分かっているのか」
まだくつくつと肩を揺らしながら千牙を見る帝が、咲に視線を向ける。分かっているのか、とは、どういうことだろう。
「あ……、あの……?」
「ほら、分かっていなさそうだが」
「いいんだよ、これからの時間がある」
「そうか。そのための修行か」
含んだような帝の言葉に、しかし千牙は平然と返す。
「いかにも。しかしおぬしにも利あるぞ。彼女の言葉には、実際、力がこもる。うまく使えるようになれば、いずれ神への祈りも通じやすくなるだろう」
「ほう、それはそれはありがたいことだ。神々を縛ることにならねば良いが」
「その加減を覚えるにも、鍛錬が必要だ。だから、おぬしに頼んでいる」
「なるほど、そういうことであったか。であれば、承ろう。彼女を任せる巫女は、こちらで選定してもよろしいか?」
「頼む。私は人界のものに詳しくないからな」
「それはそうだろう。貴殿は人妖調停者であっても、人界のひとではない。人界のことは私に任せられよ」
「では、今日から早速?」
そこでもう一度帝の視線が咲に来る。千牙も、どうする? と問うてきて、咲はうなずいた。
「一日でも早く、千牙さんのお役に立ちたいのです。お時間が許すなら、本日からお願いいたします」
最後には帝に頭を下げ、咲の願いは承諾された。



