【長編版】無能の少女は鬼神に愛され娶られる


屋敷の外に出ると、門まで続く飛び石の両側にずらりと人が頭を垂れて並んでいた。門の側には小夜がいる。

「少し里を空けるぞ。留守を頼む」
「承知いたしました。ハチは既に里の入り口で待機しております。車を持ちますか」
「いや、良い。火でおこす」

短いやりとりの後、千牙は咲を連れて門の外に出ると、指の先に青白い火を熾した。ふわりと燃え上がったそれは形を変え、馬車になる。咲が驚いていると、千牙が、鬼火だ、と説明してくれた。

「里の入り口まで飛んでも良いのだがな。そういえば咲を里のものに披露目していなかったから。これから此処で暮らしていくのに、咲がみなを覚える必要はないが、みなが咲の顔を覚える必要はある。私と馬車に乗れば咲のことは自ずと理解(・・)できる(・・・)だろう」

どんなに咲にやさしくても、千牙はおにかみの里の長。その隣にいることの重みを感じ、咲はきゅっと唇を引き結んだ。千牙が微笑む。

「そんな固くならなくていい。咲の微笑みをみんなに見せてやってくれ」
「そ、そうは言われましても……」

今まで誰にも存在を認められてこなかった。向けられる視線の意味は、拒絶と蔑みだった。おにかみの里に来てから咲の周りにやさしいまなざしは増えたけど、それは千牙やスズやハチ、小夜といった、咲と関わってくれた人々のものだ。邑の人のように関わったことのない人たちからの視線は、当然怖い。

俯いた咲の背を、あたたかいぬくもりが触れた。千牙の手のぬくもりだと気づき、ふと視線を上げれば、視界の端、小夜の隣でスズが両口の端に人差し指を指して、その指先をきゅうっと上に引き上げた。スズの口がにっこりと笑い、咲に笑顔を促す。
ふうと隣の千牙を仰ぎ見れば、やはり穏やかに微笑み、咲を見つめてくれている。二人のその様子に咲も勇気づけられ、きゅっと背筋を伸ばして口角を上げた。スズが笑顔でうんうん、と首を縦に振り、千牙もぽん、と背中を叩いてくれた。

「よし、では、出かけようか」

千牙はそう言って、咲の手を恭しく取った。そして腰の上のほうをもう片方の手で支えると、車の足台に咲を促す。咲は魔法にかけられたように足台を踏み、ふわりと馬車の席に腰を下ろした。

咲が腰かけたのを確認してから、千牙が乗り込んでくる。門の中で二人を見送っていた屋敷の人たちが、いってらっしゃいませ、と唱和し、馬車は動き始めた。
里の地面は小石も転がる土であるのに、馬車はまるで揺れたりしない。すいすいと水面を滑る船のごとく、里の中を走っていく。

馬車の両脇に里の人たちが集って頭を垂れる。屋敷に滞在させてもらっていて気付かなかったが、おにかみの里とはいえ、皆が皆、豊かな生活をしているのではないようだった。千牙や小夜が質の良い着物を着ていた一方、着古したと思われる着物を着ている里人もいる。

馬車が行き過ぎる中、時々咲をじっと見つめるものもいた。彼らに共通するのは、咲を歓迎していない気配だった。

(そりゃあ、そうよね……。あやかしと人は、そもそも住まいを共にしないのが古くからの決まりだったし……)

しゅん、となりそうな視界の横で、咲に手を振る小さな子供もいた。それが嬉しくて手を振り返すと、子供が喜び、その隣の母親らしき女性は子供の頭をなで、こちらに頭を下げてきた。

(でも、私が千牙さんと一緒にいることを認めてくれている人もいる……。あの方たちに、応えられるようにしたい……)

咲は里の入り口に着くまでに、そんなことを考えた。